仕事その2 花売りの少年(2)

 程なくして、『彼』の姿を見つけた。道路脇、背筋を伸ばして彼は立つ。

 軽く咳払いをして、近づいた。


「花を一輪、売ってくれるかい?」


 俺の声に視線を宙に這わせ、あらぬ方向を見つめて彼は笑う。


「いらっしゃい。今年も来てくださったんですね」


 嬉しそうな声に、吐き気がする。俺はそんな大層な人物じゃねぇってのに、彼は毎年楽しそうに笑うから処置なしだ。

 オマケに、プレゼントは『俺に会うこと』

 こんなふざけた願いを受理した上に、何より腹が立ってしょうがねぇ。


「今年は何の花にしますか?」

「オススメのヤツでいい」


 目の前に立つ俺の姿さえロクに見えちゃいないくせに、彼は真剣に考える。両脇に花開く季節外れの花畑が、やけに目に障った。


「それでは、コレを」


 そういって差し出したのは、蒼く小さな花。

 名前は確か………


「『勿忘草』っていうんです。ソレ」


 誇らしげに笑う彼が、腹立たしい。

 何を思って俺にコレを渡すのか。『仕事』と割り切れねぇあたり、俺はこの仕事が合わねぇ気がする。


「『Forget me not』」


 小さく呟けば、心底嬉しそうに彼は笑い。

「プレゼントは要らないのか」と毎年聞く度、返ってくる言葉は同じ。

 同じと分かっていて尚、俺は聞く。


「お前は、プレゼントは欲しくないのか?」


 すると彼は決まってこういうんだ。


「貴方が来てくれるだけで、ボクは来年も『希望』を持って生きられますから」


 それで『救われた』なんて思っている俺は何だ。

 らしくねぇ感傷。

 ああ、だからコイツに会うのは嫌なんだ。ムカムカしてしょうがねぇってのに妙に落ち着く。それがまたムカつく。

 自然と、舌打ちがこぼれんのはご愛嬌だ。そうしとけ。


「じゃ、俺はもう行くわ」


 軽く声をかければ、彼は小さく手を振り。


「また『来年』もお待ちしています」


 お決まりの文句。

 破られる事のない『約束』と化したソレを聞き流し、俺は背を向ける。

 都那戒が、少しだけ後ろを振り返った。


「『来年』……ですか」


 皆まで言わない。いや、言わせねぇ。


「来るんだよ。『来年』も」


 すっげー嫌だけど。

 マジな話心底嫌だけど。

 来るんだよ。来年もこの場所に。

 それでアイツが、希望を持って生きられんなら、俺は来るんだ。望もうと望まざるとな。

 あー……やっぱ俺この仕事向いてねぇや。ていうか、





「嫌いだ。この仕事」





 腹立ちまぎれにそう言えば、都那戒は隣で「そうですね」と呟いた。嫌みの一つでも言えよ。普段はうぜぇくらい回る口が、何で今だけ回んねぇんだよ。

 訳もなくイライラしながらも、車に戻り街を走る。

 仕事はまだ終わってねぇからな。






 雪は、徐々に激しさを増していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る