仕事その1 寂しがり屋のオンナ(2)
「あのさ~……とりあえず止めね?」
そのオンナは、二十階建てのビルの屋上、しかもその手すりの向こう側から、胡乱気な顔で俺を見た。
いや、別に俺もこんなこと言いたかねぇけどさ、オタクがそっから下界にダイブしてくれちゃうと困った事になんのね。主に俺が。
泣き崩れたオンナの子追い討ちかけんのヤなんだけどさ~……
「何? アナタ」
ごもっともな問いです。しかしながら、正直に言えないのがこの仕事の困った所。言うなって社で決められてんじゃねぇけどさ。何となく、ハズいんだよ。いや、マジな話。
「通りすがりの見知らぬ青年」
聖夜にアナタへ愛をプレゼント★
ふざけて言うと、狙い通り彼女はどん引き。嬉しすぎて涙が出る。
「邪魔しないでよ」
そんなこと言われてハイそうですかと納得出来ねぇのよ。こっちとしても。
「仕事の邪魔をするなと俺も言いたい」
「はぁ?」
ああ……態度が険悪に。
隣に立つ都那戒を見上げれば、軽く肩を竦められ。
好きにしろってことか。
頭を掻いて、念の為に持ってきてた袋の中に手を突っ込む。
用意周到。流石俺。誰も誉めちゃくれないから自画自賛。
袋から出てきたのはホットティー。うん、上出来。
「ひとまず、茶でも飲みマセンか?」
俺の『手品』に、彼女は反応した。
「流石にサムイっしょ? そんな薄着じゃさ」
それ程までに優しい言葉に飢えていたのか、俺の心にもない言葉で、彼女はその場に泣き崩れる。
さりげなく、都那戒が彼女を手すりの内側にお招きして、『自殺』というお互いに悲惨な事態は免れた。
てか、これ完璧に俺の管轄外じゃね?
管轄どうこう言ってもしゃーねぇか。乗り掛かった船だ。行けるとこまで行ってやるよ。めんどくせぇけど。
落ち着いたみてえだから、とりあえず袋からコートを出して彼女に渡す。あと必要なものを出すか。
お、なんか重いと思ったらコタツ入ってんじゃんか。電源は……必要ねぇみたいだな。
ケーキとターキーと、シャンパン? 職務中に飲酒しろと?
ツリーもあんじゃん。完璧クリスマスって感じだな。
それらを全てコタツの上に並べ、呆然としている彼女を手招く。俺はサッサと終わらして仕事に戻りたい。
「何……ソレ」
ん?
袋を指差して言われたってことは、つまり次から次へと色んなモノが出てくる事に疑問をもたれたのか、はたまた俺がどうしてコレを持っていることに疑問をもたれたのかどっちだ?
「何って……商売道具」
無難に答えよう。うん、賢明な判断。嘘はついてねぇし。
納得してねぇみたいだけど、これ以上説明する気はない。てか、説明するの
「めんどくさいとか思わないで下さいね」
「心を読むな」
おいこら都那戒。お前いつの間にコタツに入ってやがる。和みすぎだろ。
「ひとまず、祝おうぜ。クリスマス」
この袋は、相手が望むモノを出す。
これだけ『クリスマスグッズ』が出てくるってことは、
「『誰か』と祝いたかったんだろ? クリスマス。
付き合ってやるから、『自殺』は止めようや」
にしてもコタツ温いな……
場違いなコメントをプラスして、笑ってくれることを期待したんだけど期待に反して彼女はまた泣き出した。よほど疲れているらしい。
そんな人たちの為に、『俺たち』はいたりする。厄介事はめんどうだけど。
「俺たちじゃ役者不足だろうけど、そこは勘弁な?」
笑って、宥めて、彼女が落ち着くのを待つ。相当溜まっていたみてぇだな。
コタツに入り、鼻を啜りながら、目を赤く腫らした彼女は薄く笑う。
「彼がね、浮気してたの。別れよう、だって。『他に好きな人が出来たから』って、『君とは一緒にいられない』って」
失恋、か。
意外にこの時期多いんだよなぁ~
色恋沙汰にとんと疎い俺は、どう答えたらいいのか分かんなくて、頭を掻く。
すると都那戒が、隣でチキンをかじりながら小さく頷いた。
「運の無い男ですね」
「え?」
キョトンとする彼女に薄く笑いかけ、
「貴女のような方をフるだなんて運がない。いえ、運を自ら手放したも当然ですよ」
…………寒っ!
都那戒の営業トークを聞いたことが無い訳じゃ無いけど、コレは流石にサムイっ! お前はホストかと突っ込みたい。
「ヤダ、何ソレ」
クスクスと彼女が笑う。何と言うかまぁ、こういったモノは都那戒に任せるのが一番だな。うん、俺学んだ。
「んじゃ、とりあえず食うべ。せっかくの料理が冷めちまう」
料理を皿に取り分けて、グラスにシャンパンを入れて(彼女のだけな。流石に職務中に飲酒は出来ん)、即興クリスマスパーティー。
寒いけどな!
不思議と雪がここだけ降ってないけどな!
上司の計らいだろうか……ま、ここで雪降られたらマジ困るけど。
本来の仕事とは若干ズレてるが、黙認してくれてるってことか。
ひとまず、彼女の気が済むまでここにいることにしますかね。
夜は始まったばかりなんだから。
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