2013年【藤澤】 25 絶滅未確認動物の血がたぎる

「もう終わりでいいだろう。ワシは行かせてもらうぞ。次の大物のところにな。お前らは、とりあえず生き残ったことを喜んでおけ」


 MR2のボンネットの上に転がった勇次は、息を切らしながらベルタを睨む。


「ま――てっ――」


 もはや喋ることすらままならないのに、戦意を失っていない。やめろよ。お前程度の化け物では、かなうはずがないんだ。それでも、まだ諦められないというのならば、藤澤が多少なりとも力を貸してやろう。


「俺や勇次を哀れんでんのか? トドメをささずに見逃すってのは、そういうことだろ?」


 ベルタを呼びに来たムジナが口元を手で隠した。口が見えなくなっても、笑ったのを隠し切れていない。


「ご存知ないのですかね? サーベル・タイガーという種族はですね。狩るべき大物を滅ぼし尽くした結果、小物を狩るような進化を否定して滅びの道を突き進んだ、不器用な絶滅未確認動物EMAなんですよ」


「俺たちが、その他大勢の小物だって言いたいのか?」


 勇次が喋れそうにないから、藤澤の反論が続く。


「いや、そういう訳じゃなくてですね。ベルタくんの性格を考えるに、仕切り直しが必要だと判断したんじゃないんですかね」


「多くをかたるな、ムジナ」


「じゃあ、自分の口で喋ってくださいよ。知ってますよ。一人だと説教が大好きなのとかも。私に甘えないでくださいよ」


 圧倒的に喧嘩が強いベルタも、ペースを乱されているようだ。女は強い。


「ムジナのいうとおりで、続きは今度にしよう。ワシの攻撃で戦意を失わないのは、なかなかに鍛え上げられた男だと感服してるんだ。だがな、その力量を完璧に知らぬまま子分にするほど、ワシもバカではないからな」


「誰が子分になるタマなんだよ? こいつは、中谷勇次だぞ。浅倉弾丸に鍛え上げられる名誉を捨てるようなバカだ」


 あくまでも、藤澤の反論は自身の勇次像を語っているに過ぎない。


「ならば浅倉弾丸。あの『報復かえしの浅倉』さえも、ワシの部下としてみせれば、お前らは納得するのか?」


「そんなのできるわけが」


 最後まで否定し切れないのは、ベルタの圧倒的な強さを知ってしまったせいだ。


「お前の、時々でるそういうところも嫌いじゃない。いきのいい手駒は、いくらいても足りないからな。ワシはこれから、サンダーバードを手に入れようと思っているところなのでな!」


 サンダーバード。槻本山に棲息されているUMAだったか。


「ベルタのオッサンよ? その自信満々のツラはなんだ? もしかしてサンダーバードを見たことがあるのか?」


 藤澤が食いつくまでもないと油断していると、勇次がなけなしの体力を絞り出す。


「いや、見たことはない。だが、存在はしていいるだろう。なぜならば、こんなにも世界は果てしないんだ。それこそ、鳥の背中に乗って移動せねば、味わい尽くせないとは思わんか?」


 ベルタは腕を伸ばして、羽ばたくような素振りを見せる。まるで子供のジェスチャーに、勇次は思うところがあったのか笑う。


「ワシは本気だ。最後まで付き合う覚悟があるのなら、共に夢を見ないか?」


「魅力的な話にきこえるじゃねぇかよ、おい」


「やはり、ワシの予想どおりだな。勇次、お前は、こっち側だ。来い」


 沖田組では見せなかった人懐っこい顔で、勇次はベルタを見つめている。

 なんと声をかけても、意味がないような気がした。藤澤は黙って、ことの顛末を見届けるだけだ。


「導くものがおらず、才能を無駄にするのは勿体ないぞ」


「うっせぇな。兄貴分なら、すでに間に合ってるんだよ」


 どんな攻撃を受けても平気な顔をしてた奴が、なんのタイミングでセンチメンタルになってやがるんだ。

 女の泣き顔と同じで、そんなものは見たくない。

 藤澤が顔を背けた先で、ベルタはすべてを受け止めて、嬉しそうに微笑んだ。


「余計なお節介だったようだな。だが、同時に安心したぞ。よければ、貴様が兄貴と慕う男の名を刻ませてもらえんか?」


「「情熱乃風の川島疾風だ。死ぬほど速ぇ男だぞ」」


 打ち合わせをしていなかったのに、勇次と藤澤の言葉が見事にシンクロした。


「また、楽しみが増えた気分だ。川島疾風とも、どこかで巡り会いたいものだな」


 いままで黙っていたムジナが、わざとらしく咳払いする。


「ベルタくん、悪い癖が出ていますよ。そろそろ幾夜の応援に向かうのですから、沖田クリスティーナの回収を急いでくださいね」


「悪いが、回収は不可能だ。勇次を倒すと同時に、フロントガラスにヒビぐらいは入れるつもりだったんだからな。だが、結果はどうだ?」


 勇次のダメージばかりに気をとられていたが、MR2は無傷だった。カーキ色の車体は、ワックスをかけた直後のように綺麗だ。さすが、沖田が隠し持っている車。移動するシェルターといったところか。


「でも、鍵があったら開くんじゃないですか?」


 鍵というキーワードに、藤澤はどきりとした。表情にも出ていたのか、ムジナが悟ったように、接近してくる。

 さすが、ベルタの仲間だ。ポケットに突っ込んでいた鍵を簡単に奪われてしまう。


「あったよ。これじゃないんですか?」


 取り返そうと手を伸ばすが、ベルタに投げ渡されてしまった。ベルタは受け取った鍵を、すかさず藤澤の足元に捨てる。


「違ったようなので、返しておくぞ」


「はいはい、そうですか。じゃあ、先に行ってますからね」


 足元の鍵を拾い上げる。これでは、もはや車にさすこともできない。ベルタを経由したところで、先端を丸められてしまっていた。


「しゃきっとせんか。お前が頼りなんだから頼むぞ。勇次が殺されないように守ってやれよ。ほれ、武器だ。ちゃんと握っていろよ」


 ドスの長さにリサイズされた日本刀を握りながら、藤澤は困惑する。


「勇次を守る?」


 車を奪われ、代わりに刃物を渡されたから、これを使って生き残れってことか。勇次と脱出まで力を合わせる想定はあったが、足手まといを守るという考えはなかった。


「沖田総一郎のことだ。その車を乗りこなす奴も育てているのだろう。そいつのことを考えると、胸がポカポカする。実に楽しみでならんなぁ」


 尻尾を腰に巻くベルタは、機嫌よくフンフンと鼻歌混じりに部屋から出ていった。

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