2013年【藤澤】 24 しがないチンピラでは
ムカつくけれど、勇次が来たら生き残れるかもしれない。
藤澤が持った希望は貪欲になり、うまくすればクリスも救えるのではないかと考える。
ダメで元々。クリスのもとに駆け寄る。抱きかかえると同時に、呼吸を確認。生きている。良かったと安堵しても、ベルタに咎められない。
横槍を入れる余裕がない壮絶な戦いが、繰り広げられている。
車と車がぶつかり合うような音が響く中、助手席にクリスを載せる。
「このままではらちがあかんぞ」
「じゃあ、さっさと負けを認めて家に帰れよ、ヒゲのおっさん」
助手席から運転席に回り込む。息をのんだ。形あるものが、ことごとく壊れて瓦礫の山と化している。
勇次とベルタの二人が向かい合っているのが、まるで格闘ゲームのバトルスタート前に見えた。
「つれないことを言うな。どのみち、もうすぐ終わる。そうだろう?」
ベルタが斧を振り下ろす。勇次がUMAころしで防御した瞬間、爆弾が落っこちたような音が轟く。
「どれ? UMAころしが、どこまでの強度を誇るのか、ワシにみせてくれんか?」
単純な力比べがはじまったようだ。
ベルタに比べれば小柄に見える勇次ではあるが、一歩もひかない。
拮抗状態が続くのならば、いまのうちに逃げさせてもらおう。
MR2の運転席に乗り込む。
人は安全な場所にいると、目的を見失う。あるいは、男として本能的に見届けたいだけなのかもしれない。
ベルタは斧を両手持ちにして、力をこめる。対する勇次も両手を使う。見えていないが、UMAころしの先端を固く握りしめているようだ。防御に徹することで、斧に亀裂が入りはじめている。
「さすが勇次だ。いいぞ」
外側の音が遮断されているから、こちらの声も聞こえないはずだ。だから、声に出して嫌いな奴を応援しても問題はない。
「このまま武器を壊して、ベルタを倒しちまえ!」
藤澤の叫びに呼応するように、斧が壊れた。
斧が壊れた瞬間に、素早くベルタが手を伸ばすのを勇次は読んでいる。掴まれれば頭を鷲掴みされそうなベルタの手を避けて、攻撃を叩き込――めなかった。
いきなりバランスを崩した勇次の身体が浮かび上がる。勢いよく天井に身体をぶつけたあと、地面に叩きつけられる。
いったい何で勇次が攻撃されたのか、藤澤は見ていたはずなのに理解できない。UMAころしのように、見えないものだから理解できないのではない。逆だ。見えておきながら、信じられなくて理解を拒んだ。
ベルタがなにか勇次に語りかけているが、ドアも窓も締め切っているせいで、なにも聞こえない。
ベルタが言いそうなことなんて、考えてもわかるはずがない。奴は藤澤の常識の外にいる。さっきまで、腰に巻いていた上着で見えなかったのだが、常識では考えられないものが、隠れていた。
ベルタの尻の上から、フサフサの毛が生えた尻尾としか言いようのないものが生えている。
その尻尾が勇次の足首を掴んで、勇次の身体を上下に揺さぶったのだ。
足首に巻き付くのをやめた尻尾は、倒れた勇次の身体の上を蛇のように這っていく。
やがて、尻尾は勇次の首に巻き付いた。そのまま首を絞めて固定し、倒れている勇次を強制的に立ち上がらせる。
ベルタの目線まで勇次の顔を持ち上げると、勇次の足が床を探してバタつく。
勇次が勝つと信じて疑っていなかったから、藤澤は車の鍵をしめていなかった。
鍵をしめる。ただし、車から降りて外側からの施錠だ。
ムカつくことに、まだ勇次の勝利を信じている。
「きいているのか? お前の肩書きには文句しかないぞ『しがないチンピラ』と名乗るのはいただけない。今度から、それを語るのは、他の誰でもないこのワシが許さん」
本気で話をきいてもらいたいのであれば、もっと勇次をリラックス状態にすべきだ。頸動脈を圧迫して、意識を保つのがやっとのときに、話しかけるべきではない。
視覚だけでは納得しない。勇次のうめき声を耳にして、藤澤は現実を確認した。
「嘘だろ。あいつが負けるのか」
藤澤の高まる心臓音と勇次の首が絞まる音が混じり合う。
どくどく、ぎりぎり、どくどく、ぎりぎり――
二種類の音だけが、波のように寄せては返す。
入り口からリクルートスーツを着た女性が入ってきた。笑顔で会釈されたから、笑顔で会釈を返すほどに、藤澤は何も考えられなくなっている。とはいえ、笑顔は全世界の共通語だ。敵をつくらずにすむ。
「ああ、いたいた。ベルタくん、探してたんですよ」
「おお、ムジナか? どうした?」
「蔵に向かった連中が、メイドに地の利をとられたようで手こずっています。遠回しに助けを求めてきました」
ベルタの尻尾が緩む。
足が地面につくと、すかさず勇次の目に光が宿る。
凄まじい連続攻撃を繰り出す。が、どれもベルタに当たらない。尻尾ひとつに、全てをさばかれている。
手を使えばもっと防御も楽にできるだろうに、ベルタはヒゲを触る余裕がある。ついには、勇次から視線をそらして、ムジナと呼んだ女に顔を向ける。
「ハイイロやアルガがいて、そのていたらくか?」
「あの二人どころか、幾夜の主要メンバーの大半は忙しいですからね。まだ岩田屋に戻ってきてないはずですよ」
ベルタは苛立ちを隠しもせず、アゴ髭の何本かを引き抜いた。
「仕方がないな。奴らの任務に失敗は許されんからな。ワシも参戦してやろう」
ベルタの意識は、次の戦場へと移動しつつあった。
あきらかな隙がうまれる。
藤澤でも一発入れるであろうチャンスを勇次が見逃すはずもない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
獣のような咆哮が、館を揺らす。
両手でUMAころしを握り、この一撃に生命をかけるつもりか。
一撃を繰り出すにあたって、意図せずに生み出された風の勢いも凄まじい。部屋の瓦礫をいくつか浮かび上がらせ、離れた位置の藤澤やムジナは後方に吹っ飛んだ。
咄嗟に受け身をとりながらも、勝利を見逃すまいと藤澤は目を開けたままだった。
勇次の一撃を防御することなく真正面で受け止めたベルタは、地面に深く根をはった大木のように揺るがない。
一撃で決着がつくと疑っていなかったのだろう。勇次の二撃目は続かなかった。
あるいは、交代で一撃を打ち込むというルールが二人の中であったのかもしれない。
ベルタの巨大な拳が、床すれすれを通過した後、龍のように上へと昇っていく。勇次の身体にぶつかっても、上に向かう勢いは緩むことはない。そのまま勝利のポーズを示すかのように、拳は高くあげられる。
重力さえも、ベルタの前では意味をなさないようだった。
勇次は天井へとぶつかると、そのまま天井をつたってベルタの後方へと飛んでいき、藤澤の後方のMR2のフロントガラスに落下する。
強すぎる。浅倉弾丸でなければ、こんな化け物に勝つイメージがわかない。
沖田総一郎も、戦わないほうがいいと教えるのならば、弾丸でないと歯が立たないと、具体的な例を話してくれていればよかったのに。
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