2013年【藤澤】 23 貴様の名をきいておこう

「いまの怒声は、なかなか良かったぞ。そろそろ、どうするか選べ。このまま、闘うか? それとも、ワシの部下になるか?」


「部下? なに言ってんだよ」


 理解が追いつかなくて、素直にたずね返してしまった。


「お前は、沖田組の構成員だろ? 沖田クリスティーナを助けに来た時点で、ワシはお前のことを部下にしたい程度には買っているんだ。護衛のメイドたちは、行儀がよくてつまらなかった。お前みたいに、クリスの指示に逆らってくる奴がいないと面白くないからな」


「ちょっと待てよ。クリスさんの指示ってのはなんだよ?」


「ん? 知らなかっただけなのか。それでは面白くないから説明せねばな――この女は、沖田総一郎の妻として最適な判断をした。平たくいえば、自分の身を差し出すかわりに、身内には手を出さないでくれってやつだ。本能的に理解してたのかもな。真っ向からやりあえば、メイドが皆殺しになることを」


 説明を受けたために、無知を言い訳にできなくなった。

 理解したのは、自分の行動が誰かに迷惑をかけるという事実。


「てことは、なにか? 余計なことを俺がしたら、もしかしてクリスさんやメイドたちに危険が及ぶってことなのか?」


「そういうことだ。お前がワシに挑んで、敗北するのは、タバコの火のように小さいものでしかないだろう。だがな、タバコの火でも家を燃やす大火事を起こせるのだと、知っておいてもらわんと困る」


 藤澤がベルタに喧嘩を売れば、火種を大火事に変化させるキッカケとなる。

 クリスが我が身を犠牲にしてまで守ろうとした連中、メイドや総江、そして多分、藤澤も。そいつらを襲う口実が、ベルタに与えられるのだ。


 疾風と田宮の息子の交通事故が、やがて抗争に繋がるのと、どこか似ている。

 最初の事故を回避すれば、続く不幸を避けられるのであれば、藤澤の選択は一つだ。


 無抵抗を貫けば角が立たない。


 などと、必死になって自分の中で言い訳を組み立てた。

 むしろ、言い訳があるのはありがたい。

 走っている車に飛び乗って、強制的に停車させるような相手に勝てるイメージがわかない。

 藤澤の手から武器がするりと落ちる。


「ほう、素手で挑むのか。もしかして、浅倉弾丸に教わったのか? チョキにはグーでないと勝てないと?」


「ちがう。いや、その基礎的な考え方は教わっているけど、そうじゃなくて」


 ベルタはわかっていると言いたげに、ガハハと馬鹿笑いをする。


「そんなに慌てて笑わせるな。見込みがありそうだったから残念ではあるが、まぁいいだろう。クリスは人気者だからな。他の組織からも、引く手あまただ。ほれ」


 言ってるそばから、敵が現れる。どこの組織かわからないけれども、この屋敷に味方はいないと思っておくべきだ。


「てめぇ、よくも仲間をやってくれたな」


 ぞろぞろとやって来たのは三人組だ。全員が拳銃を握っている。リーダー気質を発揮して、文句を口にしたやつが、拳銃をベルトにはさんで、タバコをくわえた。


 ベルタの意識が三人組に向いているうちに、クリスを助けられるのではないか。

 負けた奴が使っていた日本刀は縁起が悪いから、捨てただけ。そして、なんでも掴める手で、クリスを抱きかかえるのだ。


「この距離で、飛び道具とはな。お前らはジャンケンも知らんのか?」


「ジャンケンがなんだってんだ?」


「拳銃より刃物のほうが強いというのを知らんのか?」


 クリスに駆け寄る藤澤の目の前に、拳銃を握ったままの手が飛んでくる。


「沖田組、よく聞け。それに触れていいかどうかの権限は、いまこの瞬間はワシにあるんだぞ。ん?」


 確実に手を切られた奴がいるのに、背後は静かだった。つまり、敗北者に口を開けるものはいない。

 想像と現実を一致させたくなくて、振り返るのがこわかった。


 ベルタに肩を掴まれる。ためらって人生を送っているうちに、殺されてもおかしくない距離まで近づかれている。


「いいか? 戦争は殺すか殺されるかの闘いだけではない。大きな戦いに略奪大会はつきものなんだよ」


「略奪大会?」


 藤澤が興味をもってたずねると、ベルタは馴れ馴れしく肩を組んで顔を寄せてくる。


「女や金目の物を、自分の所有物にしようとバカ騒ぎするのが、略奪大会だ。勇敢に戦い、生き残った者の特権だと、大陸から来た連中には主張する奴もいる。ワシの身内のチャンにいたっては、わざと出遅れてから、略奪にだけ参加するしな。あいつのことだ。そろそろ、沖田総一郎の肉親を手中に収めるべく、やって来た頃だろうよ」


「つまり、何が言いたいんだ?」


 喋ると同時に、肩を振りほどく。ヒゲがチクチクして嫌だったというのだけでも、ベルタと距離をとる理由になるだろう。


「だから、沖田クリスティーナの生存確認がしたいのならば、まずはワシから奪いとれってことだ」


「武器がない状態で、あんたに挑めってのか?」


 ベルタのルールに従う必要はない。

 いま藤澤がすべきことを間違えるな。仮定はどうでもいいのだ。なんとかして、車までクリスを運んで逃げればいい。

 いま一度、MR2までの距離を確認すべく振り返る。

 見たくないものまで見えてしまった。


 絶対に戦わないと決めた。ベルタに挑んで、壁にめり込んで死ぬなんて、まっぴらごめんだ。しかも、断末魔の悲鳴をあげる間もなく殺されるのもいやだ。


「おーい! いい酒があったから、ひっかけてきてるうちに、なんで壁のインテリアになってんだ? 気合が足りんぞ! おら、闘魂注入してやらぁ」


 壁にめり込んでいる死体の足が動いた。闘魂注入という根性論が隣の部屋から聞こえたことから察するに、死体の頬を叩く無茶苦茶な奴がいるようだ。


「無視すんなよ。どうしたんだ? おい? もしかして、敵にやられたのか。じゃあ、任せろ。伊達組が誇る、このバンダナの小泉様が仇をとってやるぜ」


 バンダナの小泉様が、どれほどの実力者か知らない。けれども、ベルタに瞬殺される未来しか見えない。


 それほどまでに、壁を突き破った人間の姿は衝撃的な光景だ。

 こちら側からだと、下半身しか見えないのだが、隣の部屋で上半身はどんな感じになっているのだろう。

 心の底から気になった訳ではないのに、そういうことに限って、すぐに解答が与えられる。


 壁を突き破って、バンダナの小泉様が登場した。予想以上に、ダサいバンダナをつけている。血で赤く染まっていなくても、デザインが壊滅的にダサい。偉そうな言葉を吐き出した口からは、いまはゲロが垂れ落ちている。


「これがあるから、最前線は若い連中に任せられんのだ」


 人間を壁にめり込ませられるならば、自分の相手が務まると考えたのだろう。すぐにベルタは、出入り口の壊れた扉へと駆ける。

 走る動きさえも破壊力に変換し、先端がわからなくなるような凄まじいスピードで、斧が振り下ろされる。


 部屋の瓦礫が衝撃音で崩れ落ちる。

 斧は空中で、一見すればなにもない空間で跳ね返されていた。


「ほう。UMAころしとは、また面白いものを持っているな」


 面白いものを持っているだけじゃない。強いんだよ、そいつは。そして、どうしようもなく藤澤をイラつかせる男だ。最初は川島疾風に似ているところがあるから感情を揺さぶられるのかと思っていた。だが、それは間違いだ。


「んだよ? 斧ごと腕を壊すつもりだったのに、でかいだけはあるな」


 互いに一撃で決まらなかったことで、仕切り直しをする雰囲気だ。彼らにとっては珍しい事態なのだろう。


「ワシは浜岡博士の最高傑作! EMAのサーベル・タイガーと人間のハイブリットのベルタだ。貴様の名をきいておこう。ここまでたどり着いた強き者よ」


「中谷勇次、しがないチンピラだよ」

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