2013年【藤澤】 18 新しく産まれてくるものへ
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年相応の小学六年生らしい口調で驚いた総江は、クリスのペースにのまれてしまった。
もっとも、それは総江だけでなく、この屋敷に使えるメイド数名や藤澤も同じだ。
普段は食卓として使っている大部屋で、藤澤たちは手紙を書いている。
沖田家の屋敷が和風なのは外観だけだ。内装はアンティーク風な家具で統一されており、天井からはシャンデリアが吊り下がっている。
外見と中身のイメージがちがうのは、家を守っているクリスと共通した点だ。
クリスは、いまみたいに黙ってテーブルの周りをぐるぐるしていたら、気難しそうな教師の雰囲気なのに。口を開けば、印象が軽くなる。
「なにを手間取ってるのよ総江。いまの気持ちを書くのが大事なのよ。そういう生の感情こそ、見直したときに面白くなんだからさ」
総江が座っている椅子の背もたれを掴んで、クリスはガタガタと動かす。
ものすごく体を揺らされながらも、総江は眉ひとつ動かさない。母のクリスは、対照的に顔の筋肉の躍動感が半端ない。
「みんな、筆が進んでいないみたいだけど、難しく考える必要はないのよ。ワタシは昔、メッセージ・イン・ア・ボトルで助けを求めていた頃があるの。手紙の入った瓶を海に流すアレのことよ。自分がどこにいるかもわからない中、一人にはなりたくないって思いのたけを綴った若かりし頃のワ・タ・シ。あ~、懐かしいなぁ」
その懐かしい思い出に引きずられる形で、我々はクリスのお腹の子供に宛てた手紙を書くこととなった。
「つまり、ママはなにが言いたいの? 壮絶な人生をいまから語るつもり?」
「いやいやいや、小学生に話せる内容じゃないから、話さないわよ。重要なのは、そこじゃない。手紙ってのはね。何を書いたとしても、受け取った人が優しければ共感してくれるものなのよ。そこいくと、ワタシの子供なんだから、なんでも受け入れてくれるわ。だから、安心してなんでも書いちゃえ」
メイドの視線が総江に集まる。すぐに彼女らの筆が走っていく。どうやら、総江はなんでも受け入れてくれる優しい女の子のようだ。
そんな一面をまだ知らない藤澤は、書き出しの部分でつまづく。
『俺は藤澤』
新しく生まれてくる生命に伝えること。人の親になる藤澤だからこそ、重たいテーマだ。
なんとなく彼女と話したくなって、ポケットから携帯電話を取り出す。
「冒頭で止まってるくせに、携帯電話を片手にするとは、ずいぶんな生徒ね。これは没収します。授業に集中しなさい」
教室で注意する学校の先生のつもりか、クリスに藤澤の携帯電話は奪われてしまった。
「ちょっとママ。藤澤さんが迷惑がってるのわからないの? 帰りたがってるのを察しなよ」
「バカね総江。はじめましてのときこそ、しっかり互いのことを理解しとかないといけないものなのよ。山本とだって打ち解けるのに時間がかかったけど、仲良くなれて良かったでしょ?」
「山本とは長い付き合いになるから、打ち解けたほうが得だと思って頑張ったの。でも、藤澤さんは、今日が最初で最後なのよ」
丸くなったクリスの目は、碧く綺麗に輝いていて、宝石のようだ。
「総江は、あんなこと言ってるけど、今日が最初で最後って本当なの?」
「可能性がゼロではないですね。転職先がみつかるまでって条件で、ドライバーを受け持つことになってるんで」
「なるほどね。全くの嘘じゃないっていうところに、総江のたちの悪いところが出てるじゃないの」
深い溜め息をついたクリスは金髪を苛立ち混じりにかきはじめる。
気持ちを落ち着かせるべく、マグカップに口をつけたのだが、どうやら何も入っていなかったようで、舌打ちをする。
「コーヒーのお代わりが必要ね。総江と藤澤くんの、二人で用意して仲良くなること。OK?」
「はいはい」
素直に総江が従って、席を立つ。藤澤は慌てて立ち上がる。
「かしこまりました」
藤澤の返事を待たず、総江は移動をはじめる。メイドに扉を開けてもらって、廊下に出ていった。
総江と並んで歩きながら、黙っていてはナンパ師の名折れだと、謎の感情が藤澤に湧き上がった。軽い言葉を発するのは得意なので、ノリで口を開いてみる。
「驚きましたよ。メイドって本当に存在してたんですね?」
AVの世界のファンタジーかと思っていたとか、対面に座っていた小柄の子は可愛かったとかは、思っただけで口にしない。
「あれは、メイドじゃありません。ボディーガードです」
ボディーガードをファンタジーだろうと思うには、藤澤の職業は危険すぎた。
「けど、女性のボディーガードってのは珍しいですよね」
「父の不器用な愛情表現ですよ。護衛として選んでいる女性たちよりも、強い男にあてはあるはずなのに」
「組長のことを父って言いましたよね? クリスさんの前だとパパって――」
総江に睨まれてしまう。お母さん譲りの碧い宝石のような瞳だ。
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