2013年【藤澤】 12 葛藤が憚る岩田屋で
武器はなかったものの、ジャケットの内側に手を入れてハッタリをかます。
和室に飛び込むべく膝から立とうとする。
が、状況確認をはじめるよりもはやく、強制的に座らされてしまう。
おさえつけられたのだ。折りたたまれるように、正座の形に脚が戻る。
ジャケットの中で手が痺れている。的確に右手を突かれてしまった。
ライフルの柄で突かれるのが、こんなにも痛いとは。刃物を隠し持っていても、これでは握れなかったかもしれない。
和室に飾られている武将の鎧一式を見て、まだ運が良かったと思った。槍で突かれていたら、おそらく即死だ。
ライフルの柄を藤澤に向けているのは、十代半ばに見える女の子だ。
持っているライフルの異質さがかすむほどに、小顔で整った顔だ。痛みを与えた相手を可愛いと思ってしまっている。
「藤澤、いいタイミングで来てくれたな」
パリッとした黒スーツを身にまとった沖田は、座布団の上であぐらをかいている。何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ涼しい顔だ。
身体に痛みは残っているが、立ち上がりながら藤澤はたずねる。
「彼女は、どこの組のものですか?」
「きかれているぞ。答えたらどうだ。情熱乃風の欅とな?」
「情熱乃風? それって、走り屋集団ですよね」
近所では見たことのない制服のスカートをひるがえしながら、欅と呼ばれた少女は目の前で舌打ちをする。
「沖田総一郎。いまここで殺さなかったのは、貸しですからね」
冷めた表情で、欅は武器の片付けをはじめる。
小汚い布にくるんでいくライフルは、リボルバーをそのまま伸ばしたかのような形だ。
「リボルビングライフルの『避雷針』か。銃剣を取り付けられていたら、殺すか生かすかの選択もできず、私は殺されていただろうな」
「あたしの『避雷針』は、こっちに来た瞬間に壊れました。直すため手段は選べませんが、そんな中でも思うんですよ。未完成になったことにも、意味はあるんじゃないかって」
「未完成に意味がある? 理解できるか藤澤?」
「どうせ無理ですよ。大人にはわかりっこないでしょうしね」
欅のいうとおりで、理解できそうにない。
未完成よりも完成品のほうがいいだろう。
製作途中の作品よりも、完成した代物を拝みたい。未成年よりも成人の相手とよろしくしたい。
「それよりも、お二人はどういった関係なのですか?」
リボルビングライフルをくるんだ布を縛るだけで、欅に答える気配はない。
「親友が育てた女の子だ」
「てことは、浅倉欅?」
片付けの手を止めて、欅は沖田を睨む。
「余計なことを話したの?」
「話していない。おそらく藤澤は、私の親友が弾丸のことだと勘違いしているのだろう」
勘違いと言われて、納得する。
いつだったか、キヨにカレーを奢ってもらったときに、喫茶店で弾丸のお子さんと遭遇したのだ。兄と妹、二人しか子供はいなかった。
両方とも小学生の子供。リボルビングライフルを背負う欅は、部活に使う道具を背負っている中学生みたいだ。
「慌てて帰ることもないだろう? どうせなら、三人で話をしないか?」
「いえ。あたしは遠慮しておきます。下手に誰かと関わったせいで、良くない方向に転がることもあるんだって知りましたからね」
「欅が責任を感じるのは、お門違いだぞ。守田裕の行動を侮辱するな」
守田裕。
知っている名前が出てきたのに、藤澤が会話に割って入れる雰囲気ではない。
「まるで父親みたいな優しい言葉だけど――なんでだろう、響かないわ」
「親父くさいついでに、あいつにも伝言を頼む。ゲームばかりするなと、よろしく伝えておいてくれ」
「お言葉ですが、ここでの話を伝えるつもりはありません。知ったら、あの人はあなたに同情しかねないから」
「あいつは、そういう男だな」
「したり顔で、知ったように語らないで」
「過程はどうあれ、奴の運転技術をさらなるステージに上げたのは私だぞ」
「この世界に関わっているのは、あたしと出会ったからだもん」
「ずいぶんとお熱だな。女にしてもらったのか?」
「ほんとムカつく」
「お前も、あいつと同じだよ。知らずうちに同情をしてくれているんだ。だからこそ、お似合いだと思う。応援するぞ」
「別に、お似合いとか言われても嬉しくありませんから」
否定していても、欅は嬉しそうだ。
口元を手で隠すようにしているが、目元が笑っていて喜びが溢れている。
「なんにせよ、お前は合格だよ欅。他の奴に奪われるぐらいならば、持っていくといい」
「願ってもない申し出ですが、その前に。あたしを信頼する要素が、ありましたか?」
「いまの葛藤が憚る岩田屋で、私を追いつめたお前に、期待を寄せるのは至極当然ではないか?」
「かっとうがはばかる?」
「言葉を知らんな。生後三日か?」
「知っています。葛藤ってのは、抗争のことでしょ。バカにしないでください、まったく」
ぷりぷりと怒りながら、欅は廊下に出る。
棒立ちの藤澤を横切ったあと、しばらくして彼女は立ち止まる。
イタズラをしたクソガキのように真っ直ぐな表情で、欅は頭を下げた。
「最初に謝っておきたかったのですが、遅くなりました。敵と思って攻撃したのは悪かったです。ごめんなさい」
藤澤だけにしか聞こえないような小声だった。
「あ、もしかしてだけどさ」
たずねるのを待たずに、欅は廊下を歩いていった。
訊けなかったものの、おそらく藤澤の予想は当たっている。
沖田の前で頭を下げて謝るのが嫌なのだろう。その理由はわからない。でも、どんな理由だとしても、そこには欅の子供っぽさを感じてしまう。
「憎まれっ子世に憚るってのは、マジみたいですね」
ことわざだ。
憎まれるような者ほど、世渡り上手で幅をきかせがち、という意味。
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