2013年【藤澤】 10 あんたもそろそろ目を覚ましなさい

「はっきり言って、岩城の叔父貴が死ぬのは時間の問題だ」


「あのときの怪我が原因ですか?」


 どこか遠くを見ながら、近藤はゆっくりとうなずく。


「冷静な連中は、すでに岩城の伯父貴亡き後の混乱に目を向けてる。僕だって最悪な状況を避ける方法を模索中だ。伯父貴の死が明るみに出たことで、抗争が起きるなんてことだけは避けないとな」


 まるで、抗争が起きるのが最悪な状況みたいな口ぶりだ。

 おかしいぞ。近藤の話が嘘でないのならば、自分たちが避けられない抗争のために鍛えられているという前提が崩れる。


 むしろ、抗争をはじめた際の手駒を増やすべく鍛えられていると考えるのが自然か?


「どうした黙り込んで。まさかフジ? お前なんか知ってるんじゃ?」


「いえ、考えをまとめてただけですよ。つまり、あのガキ共を見つけて、岩城会長の死を含めた全ての罪を連中にかぶせて、抗争を回避しようって算段なんですね?」


「伊達組長は、それで血のバランスシートの狂いを止められるって思い込んでる。けど、そんなのは悪手だ。いつも思うんだが、目の前の問題に対しての解決方法をマニュアル通りにこなすだけってのは、あの人のダメな癖だよ。中谷勇次のポテンシャルを理解できてないんだな」


「じゃあ、勇次と接触できたら、キヨさんはどんな風に利用するんすか?」


「死ぬまで戦ってもらう――勇次や疾風には悪いけど、僕も嫁とガキを残して死ぬ訳にはいかない」


 即答したくせに、近藤はどこか申し訳なさそうな顔になっていた。


「キヨさん、お子さんいるんですね」


 頼んでもいないのに、近藤が携帯電話で撮影した写真を見せてくる。

 感想を期待している視線が、突き刺さるように痛い。


「可愛いですね――」


 お子さんを抱っこしている嫁さんがね。そんな風に続く言葉は、胸にしまっておく。


「前の抗争のやべぇ時期に中出ししたら、うまいこといってな。もう三歳になる」


「そっか。キヨさんは、前回の抗争でも活躍したんでしたね」


「ダンチョーさんに鍛えられたおかげで、なんとか生き残れただけだ」


「もしかして、ジャンケン理論を教わったんですか?」


「知ってるってことは、フジが今回は選ばれたのか。あー、そっか。ようやくわかった。関係者以外立入禁止にしてたのは、身内を鍛えてるのを隠してただけだな。すでに最悪を想定してるってのは、さすが沖田組長だ」


「ところでキヨさんは、グーチョキパー全部を教わったんすか?」


「いや、当時はチョキ。刃物だけ」


「だったら、わかってくれますよね。グーだけ、ずるくないっすか」


「ずるい? ああ。UMAころしのことか。確かにそうかもな。パーにあたる遠距離用の最強武器は、ネッシーが殺されたいまでは作ることができなくなってるらしいし。これじゃあ、三すくみ状態とはいえないよな」


「ちょっと待ってください。パーがないだけってことは、チョキにはあるんですか?」


「もちろんだ。前回の抗争で僕は使わせてもらったからな。『疵ノ牙』は、いま沖田組長が保管してるはずだぞ」


 もしかして、ときがくれば、沖田が最強の刃物を使わせてくれるのか。

 歴戦の勇士が使った武器を藤澤が引き継いで、新たな伝説をつくるのだ。

 その伝説は、忘れ去られる前に∨シネマで実録シリーズとして映像化される。それが人気となって、モデルとなった藤澤が時の人となる。

 おそらくナイスミドルな年齢の頃に、最後のモテ期が到来する。

 人生設計ができました。


「なんにせよ、キヨさんが生き残ってるってのは、紛れもない実績ですよね。ちゃんと強くなれるんだ。やっぱ選ばれて光栄だったんすね」


「光栄って随分と謙虚だな。僕は選ばれたとき、正直なところ微妙な気持ちになったぞ」


「どうしてですか? 秘密兵器として鍛えられてるんですよ。そういうのいいじゃないですか」


「秘密兵器? ダンチョーさんが、そんなこと言ったのか?」


「言ってたような。ちがうような」


 弾丸に戦い方を教わっている者と、かつて教わった者。

 二人には温度差がある。


「あくまで僕の場合だけかもしれんが、ダンチョーさんに鍛えられた理由が『弱いから』だったからな。そうだ、そうだ。四年前は、このまま抗争が起きたら、死ぬだろうって奴が選抜されてたんだよ」


「マジっすか?」


 今回、弾丸に鍛えられているメンバーを思い出してみる――藤澤、勇次、里菜。

 藤澤を除く二人は、まだ十代だ。さらにいえば、ひとりは高校生で、ひとりは女。

 藤澤が選ばれたのは、そんな二名と肩を並べるほどに、弱いからだったとでもいうのか。


 山本を抑えて、自分が選ばれた。

 沖田組で最弱の男という烙印を刻まれたといっても過言ではない。

 あんたもそろそろ目を覚ましなさいと、昨日だって彼女に言われたところだった。

 一番そばにいる女性は、本当の藤澤を当然のように知っている。

 藤澤ってやつは、いつだって口先だけで、ヘタレでビビリで、極道に向いていない。


 その通りなんだよ。

 でも、弾丸に選ばれたことが励みとなっていたのだ。

 強者が認めてくれるほどのポテンシャルを秘めた蕾なんだと、思い込めていたのに。

 そんな訳ないよな。


 男の世界で、居場所を見いだせないのかもしれない。

 でも、彼女と暮らしていく未来にならば、かけがえのない役割はある。

 疵ノ牙を与えられなくても、藤澤は必要とされる。それって最高だろ。だから、こんなことで悔しがる必要なんてないのだ。

 本当の人生設計を描くべきではないのか。


「おいおい、フジ。呆然としすぎだろ、落ち込むなって。僕の時とは状況が一緒って訳じゃないから、選抜理由が違うかも知れないだろ。だから、そんな風に考えすぎんなよ」


「ああ、はい。大丈夫です。なんか、どうでもよくなってきて、眠くなってきました」


「よっぽどじゃねぇか、それ。なんか悪い。申し訳ない。飯おごってやるから元気だせ。カレー食いにいこうぜ。カレー」

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