2013年【藤澤】 08 喧嘩の相性はジャンケンに通じる
「お? メシができたんなら、教えてくれよ」
寝癖のついた頭をかきながら、弾丸がやって来た。
どこからともなく、里菜が小皿と割り箸を用意したのだが、弾丸も手掴みで肉を食べる。数回の咀嚼で飲み込んでいたものの、険しい顔だ。
「これは、フジが練習で使った肉だよな? ちょっとでかくて食いづらい。切ってもらっても構わんか?」
「あ、わかりました」
「なんでオレのときは断ったのに、今回は従ってんだよ」
「うっせぇな。切ったのをお前も食っていいから、黙ってろ」
ステーキを一口サイズに切るシェフのように、片っ端から肉を食べやすいサイズにしていく。
「ところで勇次、ワシが出した課題をこなしたか?」
「やる訳ねぇだろ」
「強くなりたくないのか?」
弾丸が肉を掴んだまま、勇次を睨んだ。すると、勇次も肉を食う手を止める。
「オッサンもどっかの馬鹿と同じこと言うんだな。教えてくれよ。強くなって、どうするんだ? オレはヤクザの抗争に参加しねぇぞ」
「そうか、そうか。いくら鍛えても、ワシに勝てないと諦めてる訳だな?」
わかりやすい弾丸の挑発に、勇次は鼻で笑う。
「アンタのやり方で強くなっても、追い抜けないだろ。知ってるか、オッサン? 前を走ってる奴と同じことしてるだけじゃ、絶対に勝てないんだぜ」
「なるほど。たしかに、一理あるかもしれへんなぁ」
納得する里菜の横で、藤澤は唖然とする。一理あるのを知っているからこそ、ムカつかずにいられない。
「カッコつけるんだったら、最後まで自分の言葉で話せよ――同じラインで走行してても、追い抜けないっていう川島疾風の言葉のパクリだろ、いまの?」
予想外だったのか、勇次は目を丸くする。
「お前、疾風の兄貴を知ってるのか?」
「知ってて悪いか? あの人の後ろ姿ばっか見てきた。それが、どうかしたか?」
なにか言いたそうにしながら押し黙る勇次の表情は、年相応の高校生のものだ。これ以上、文句を言っていじめるのが可哀想に思えて、藤澤も黙り込む。
「勇次、お前の兄貴の名言は、間違っていない」
呟くように口を開いた弾丸は、さらに続ける。
「そもそもワシと勇次ではタイプが同じだからな。二人が極めれば、結局、勝敗のつかない引き分けが関の山だ」
弾丸の息継ぎを狙ったようなタイミングで、里菜が手をあげる。
「話の腰おって悪いんですが、タイプって、どういうことなんですか?」
「ん? そうだな。喧嘩の相性といったところだな。ジャンケンみたいに考えてもらえばわかりやすい。ワシと勇次はグー。フジはチョキで、里菜はパーだな」
「なんすか、それ。俺が絶対に、そのガキに勝てないってことですか?」
納得がいかなくて、藤澤は口を尖らせる。
「あくまで相性の問題だ。仕方ないんだよ。刃物ってやつよりも、殴打のほうが強いからな。フジが真面目に練習していたら、理由もわかるとは思うが」
鍛え始めた自分が、勇次に負けるというのを想像はできない。
とはいえ、苦戦するとなれば、その理由として考えられるものはある。
「もしかして、攻撃の種類ですか?」
刃物での攻撃は、大きく分ければ『斬る』『刺す』の二つしかないのだ。
「そうだ。攻撃の種類が制限されれば、おのずと戦闘の組み合わせパターンに差が出る。グーにあたる殴打の経験値が高い奴が相手では、どうしようもなく不利なんだ」
つまり、刃物での動きよりも自由度の高い殴打のほうが、強い。
弾丸の持論では、そうなっているのだろう。
「もっとも、刃物での戦闘は、手数が少ないからこそ『速さ』が際立つことになる。懐に飛び込むチャンスさえあれば、銃を握ってる相手には負けん」
「ちょっと待ってくださいダンチョー。話を整理すると、パーが拳銃ってことになりますよね。せやけど、それやったら、ダンチョーに唯一勝てる可能性が残ってるのが、ウチってことになりますけど。え? マジ?」
「そんなに意外でもないだろ。さすがのワシでも、銃の弾より速く動けんからな。よけるにしても、ある程度の距離が必要になる。だから近距離で射撃能力が無茶苦茶に高い奴とやりあえば、ワシが死ぬ可能性もあるだろう」
弾丸が戦場で死ぬ姿は、いまひとつ想像ができない。
それは藤澤の考えであって、含み笑いを浮かべる勇次はちがうようだ。
「オッサン、そういうことは早く言えよな。なぁ、おっぱい姉ちゃん。拳銃いっぱい持ってんだから、ひとつぐらいオレにくれよ」
「焦るな、勇次。抗争が終わって、まだ生きていたら、武器の使い方も教えてやるし、必要なものも揃えてやる」
「抗争に参加しねぇから、そのときはいつになっても来ねぇだろ。だからよ、いまよこせ」
里菜も弾丸も笑って話を流そうとしているのだが、藤澤はそこまで優しくない。
「自分から首を突っ込んできたくせに、調子いいこと言ってんじゃねぇぞ、クソガキ」
「オトナは大変だな。足を震わせながらも、抗争に参加しなきゃなんないとはな」
藤澤の刃物を握る手に力がこもる。
弾丸のジャンケン理論でいえば、勝てないらしいが、果たして本当にそうか。
鍛え始めたチョキならば、怠惰なグーを斬れるのではないか。
勇次との距離をつめるべく、藤澤が膝を曲げる。
矢先、里菜が天に向かって発砲する。
「ええかげんにせーや。どっちもガキやで、まったく」
説教をはじめた里菜であるが、二三歳の藤澤よりも四つ年下の一九歳だ。
高校を中退してAV業界に入り、なんとか女学園に出演したのが、一八歳の誕生日だった。だから、勇次と学年でいえば、ひとつしか違わないはずだ。
さりとて、女は強い。藤澤の怒りも抑えられつつある。
「せや、ダンチョー。さっきの言い方やと、抗争が終わるまで、ウチらはジャンケンの選択肢が増えんてことなんすか?」
「時間がないからな。三人が、別々の手を出せるんだから、そろってれば十分だろ?」
「三人で一人前ってことですか?」
「馬鹿が。三人そろえば、対人で無敵になれるって言ってるんだよ」
グーの勇次、チョキの藤澤、パーの里菜。
お互いに顔を見合わせていく中で、最初に溜息をついたのは里菜だった。
「アカン。不安しかあらへん。そもそも、参加したくない奴を無理やり戦わせるんもウチは反対やし」
頭を抱える里菜の肩を、藤澤は叩く。
「里菜がいくら反対しても、ここまで関わった奴が、無関係ではいられねぇだろ。抗争はじまったら、最前線にいってもらう。弾除けとして活躍しろよ」
「アンタもしつこいな。オレは、オレのやりたいようにやるだけだ」
藤澤と勇次の意見は、相変わらず平行線をたどっている。
「考えてもみろよ。逃げ切れると本気で思うのか? 川島疾風は最速の男だったのに、どうなった?」
「なんもわかってねぇな。あの人が最速のときは、逃げる時じゃなく攻めてる時だろ?」
川島疾風のことを引き合いに出したのは失敗だった。
悔しいけれど、勇次は疾風のことを理解している。彼が言いそうなことも、自然と口に出すほど似ている。
立ち去る後ろ姿さえも、中谷勇次は川島疾風にそっくりだ。
だからこそ、ムカつくのだ。
憧れが憎しみに変わるというのは、こういうことをいうのだろう。
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