2013年【藤澤】 07 人を殺すための努力

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 屋上のベンチに置きっぱなしのラジカセからは、二四時間休むことなくラジオが流れている。


『――ここからの時間は、県内のニュースとなります――』


 毎日、昼頃に放送されるニュース番組がはじまった。この番組を藤澤は時計代わりにしている。

 今日もベンチに腰かけて、休憩をとることにした。


『――次のニュースです。女性を殺害したとみられる西野ナツキ容疑者ですが、いまだに動機を語ることなく、逮捕から十日が経ちました。犯行に使ったとみられる凶器に関しての供述が行われたとのことです。同容疑者は「萬守湖に捨てた。ネットで購入した。刃渡りは二〇センチぐらいだった」と、話したとのことです。裏付けのために昨日から萬守湖を捜索しているものの、いまだに凶器は見つかっておらず、慎重に供述との裏付けを行う方向で捜査が進められております。さて、次のニュースです――』


 凶器を捨てた萬守湖の湖畔で、藤澤は高校生の頃にクラスメートと共に酒を飲んだ。そこには、西野もいた。

 あいつが告白した相手にフラレたことで開かれた、思い出深い残念会だ。


 あの湖の底には、西野が好きな女にプレゼントするはずだったアクセサリーが沈んでいる。社長の息子としてではなく、ただの高校生としてアルバイトして金を貯めて購入した代物だ。

 首周り四〇センチのネックレスとともに、刃渡り二〇センチのナイフが湖に沈んでいる。


 二〇センチの刃渡りというのは、いまの藤澤にはイメージがわきやすい。

 いま握っているドスとほぼ同じ長さだからだ。

 つまり、これでも十分に人を殺せるということか。


「ほら、フジ。肉焼いたから持ってきたで」


 両手で一枚の皿を持ちながら、里菜がベンチに向かって歩いてくる。持っている皿は大きい。Lサイズの宅配ピザをそのまま一枚載せてもまだ余裕があるだろう。そんな皿に、焼いた肉が山のように盛られている。

 藤澤はベンチから腰をあげる。風上からの匂いにつられるように、肉の皿を受け取る。


「あー、重かった。受け取ってくれて助かったわ」


「重いっていうんだったら、ジャラジャラつけてる物を、どれか外せよ」


「え? おっぱいのこと言うてんの? これは、つけたり外したりできへんのやけど」


「乳のことじゃなくて、拳銃のことだ」


 パイズリできるほどの巨大な乳の横にショルダーホルスター。

 桃尻シリーズにも出演したお尻の上にヒップホルスター。

 デニムで見えないものの、数多の男優達に舐められてきた太ももにはレッグホルスター。

 足コキして射精した精子が何度もかかった足首にはアンクルホルスター。

 全部で四丁の拳銃を身につけている。


「そないなこと言われてもなぁ。全部ちがう拳銃やからな。どれが一番しっくりくるか、わからへんねん」


「オートピストルとリボルバーが混ざってるぐらいだから、まだまだ色々と試してるみたいだな」


「そりゃそうや。焼肉屋でカルビ注文するか、ロース注文するかで悩むようなレベルとは、ちゃうからな」

 言いながら、割り箸でカルビを掴み、里菜はもぐもぐと食べていく。


「せやけど、アレやね。日をおうごとに、肉が食べやすいサイズになってるやん。どんどん、下準備がうまなってるやんか」


「下準備っていうな。センチ単位で肉が切断できるように成長してるって評価してくれよ」


 弾丸に鍛えられるようになった十日前から、藤澤は刃物の使い方を、里菜はハンドガンの使い方を教わっている。

 直々に鍛えられているが、常に付き添われている訳ではない。与えられた課題をこなしてばかりだ。

 藤澤の最初の課題は、刃物の切れ味を知ること。


 木の枝にぶら下げたシーツを切断し、ときには突き刺す。または、シーツにくるんだ牛や鶏や豚のブロック肉に狙いを定める。

 シーツを切る反復練習は、刃物と目標物の距離感をはかり、その状況に応じての体の動かし方を考えねばうまくいかない。


 そして、動物の肉を切ることで、刃物が消耗品であることを経験で覚える。

 肉を断つたびに、切れ味は落ちる。そして、切れなくなった場合でも、突き刺すことで殺せる部位を知っておけば、万全なときよりは不利でも、戦い方は組み立てられる。


「せやけど、こうも毎日、肉ばっか食ってたら、太らんか心配やわ」


「大丈夫だろ。里菜は、胸にしかたまらないから――むしろ、太るとしたら、勇次のほうだろ。いい身分だな、まったく」


「なんかさ、フジって勇次に厳しない?」


「ムカつくんだよ」


「まぁ、ダンチョーに言われたこと、何一つせずに、寝てばっかりやもんね」


「いかに光栄なことか、ガキだからわかってねぇんだろうな」


「女の勘やけど、理由はそれだけとちゃうやろ?」


「うっせぇな。でも、あいつのおかげで、修行がはかどってるけどな」


 他者への憎しみや怒りというものは、自らを鍛え上げるには、ほどよいスパイスとなる。やる気のない勇次の顔を想像して、シーツや肉を切るのは、楽しくて仕方ない。


「お、噂をすればなんとやらや。起きたみたいやね」


 二日酔いの体を引きずるような重い足取りで、勇次が近づいてくる。その歩き方が、川島疾風にどことなく似ている。


「いい匂いで目覚めたよ。これ、食っていいやつだよな?」


「ええで。余っとるやつやしな」


 あくまで里菜の意見であって、藤澤のそれとはちがう。藤澤は舌打ちをしたが、勇次に対して効果はないようだ。


「肉でけぇな。もっと小さいサイズに切ってくれよ」


「それは、俺に言ってるのか?」


「お前、料理の練習してるんだろ。ちがうのか?」


「舐めた口きくのも大概にしろよ。いまの俺なら、簡単にお前を斬り殺せるんだぞ」


「斬り殺す?」


 藤澤の啖呵に付け入る隙をみつけたのか、勇次は喜々として続ける。


「てめぇヤクザだろうが。拳銃あるんだろ。だったら、引き金ひくだけで、人を殺せるんじゃねぇのか。それなのに、なにを真面目に、ドスの使い方を練習してんだ?」


「なんだ、俺を馬鹿にしてんのか?」


「そうだよ。アンタは馬鹿なんだよ。自分ではなんも考えずに、言われたことしてるだけなんだからな。だったらいいじゃねぇか。頭使わずに、オレが言ったとおり肉を一口サイズに切れよ」


「お前はクソガキだからわかってねぇんだろうな。ダンチョーのいうことを守ってれば、強くなれるんだよ。理解できない頭の悪さに同情するよ。はい、哀れ哀れ」


 口喧嘩を見ていた里菜が、肉を食べるのに使っていた割り箸を折る。


「もー、喧嘩やめーや。ウチらは仲間やろ」


「里菜はともかく、こんなガキが仲間な訳ねぇだろうが」


「おうおう、意見が合うな。オレもアンタらを仲間と思っちゃいねぇ。そもそも、そんなもんもういらねぇしな」


「もうなんでもええわ! 腹減っとるからカリカリしとるんやろ。さっさと、飯くえアホンダラども!」


 怒った女に弱いのは、藤澤と勇次に共通している点のようだ。

 里菜の勢いに負けて、二人は手掴みで肉を食べていく。味付けは焼肉のタレだけだが、美味い。

 ご飯とビールが欲しくなってきた。

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