2013年【藤澤】 06 UMAころしの作り方

「ほんで、所有権があるときって具体的には槻本山でなにしてるんですか?」


 山本の切り込んだ質問で、弾丸の愚痴が止まる。こういうところで、ズバッと自分の知りたいことを訊けるのは、さすがだ。


「原則として、所有権を持つ組は、槻本山でなにをしても構わない。と言っても、巖田屋会はサンダーバードを神として崇め、守り、保護しようって方針だからな」


「だから今年は、二年間でへそを曲げたサンダーバードの機嫌をとってるとも言えるんだろ?」


 沖田の説明に続いて、弾丸が身も蓋もないことをいう。


「ずいぶんと好き勝手されとるんですね。これやから、男どもは。なんでも自分の思い通りにやりたいんやから」


 男に主導権を握らせず、逆にナニを握って、一八歳のときにAV業界で荒稼ぎしてきた里菜の言葉には深いものがある。


「もっとも、好き勝手やろうとしているが、うまくはいっていないみたいだがな。サンダーバードの居場所を突き止めようとして、その手がかりを見つけるだけで一年や二年はすぐに経つからな。

 そもそも、浜岡博士は、道中で手に入る副産物の処理にも力を入れてるからな。本体にたどり着くのはさらに遅くなることだろう」


「おおっ。さすが、沖田だな。紆余曲折したものの、UMAころしの説明に戻した。つまり、サンダーバードを探す過程で手に入る副産物っていうのが、UMAころしなんだよ」


 弾丸は再びUMAころしの名前を口にし、説明を続ける。


「副産物にあたるものは、他にもあるんだぜ。岩田屋町でUMAを目撃したと思われる人々の原因不明の死にも関係してる。予知能力にも似た計算能力を手に入れちまった人間もいる」


 沖田と弾丸が視線を交わすと、説明役が交代となる。


「弾丸の説明を引き継げば、物質的なものでもっとも副産物が多いのは、落ちた羽根だ。一枚だけでも、未知なるものの宝庫でな。羽毛部分はもとより、芯にあたる部分に入ったままの血液からも、それぞれ生き物に変化をもたらす特殊な物質が発見されている。それら羽根から利用できるものを取り除いた抜け殻こそが、UMAころしと我々が呼んでいるものなんだ」


「つまり、あれだ。肉を食ったら骨が残るだろ。あの要領で、羽根の使えるもんを全部とったら、見えない棒が完成するってわけだ。見てもらうのが一番だが、透明だから見えないだろ。ほら、いまだって、勇次が右手で握りっぱなしだけど、わからんだろ」


 勇次の右手は、何かを握っているような形をしているものの、なにも見えはしない。


「いや、まったくわかりませんから、にわかには信じられませんね」


 こんな風にハッキリものを言うから、山本は上司からの好き嫌いがわかれている。ちなみに、沖田も弾丸も、山本のこういうところは好きらしい。


「まぁ、透明だからな。見えたら、UMAころしとは呼べないし」


「触ってもいいですか?」


 好奇心から藤澤がたずねると、沖田と弾丸は顔を見合わせて苦い表情となる。


「あまりオススメはできんな。そもそも、UMAが絡むことは、情報を共有すること事態が危険なときもあるんだぜ」


「弾丸のいうことが真理だな。UMAがいると信じたばかりに、また抗争が起きそうになっている現状でもあるしな」


「ワシは抗争のことじゃなく、烙印の話を――ああ、わかった。黙るから、そんな睨むなよ、兄弟。抗争だよな、やばいよな」


 抗争。

 藤澤、山本は三年前から、里菜にいたっては半年前から、沖田組に所属している。


 だから、四年前に起こった巖田屋会と無双一家系列の●島県内での抗争は、先輩組員から聞いた内容でしか知らない。

 前回の抗争では、どちらの組にも犠牲者が出た。


 死人はもとより、生き残ったことで、いまだに怪我の後遺症に苦しむものもいる。

 被害者がいるということは、自ずと加害者も存在する。いまこうしている瞬間にも、塀の中でおつとめに励んでいるものもいるのだ。


「そうだ、沖田。抗争が起きるんなら、今回もいいか?」


「前回の抗争で、巖田屋会系列内で組にとらわれず何人かを鍛えていたな。あれをまたするつもりか?」


「そういうこと。許可をとらずにやって、伊達みたいにお前にもキレられたら困るしな」


「伯父貴の場合、お前が鍛えた構成員しか活躍しなかったのが面白くなかっただけだろ。私としては、優秀な部下が増えるのは願ってもない。こちらからも頼みたい」


 沖田の申し出に、弾丸は嬉しそうに口笛を吹く。


「てな訳で、よろしく頼むぞ。里菜」


「え。うちがドラフト一位指名ですか? ダンチョー、うちのこと女として、まさか」


「そして、フジ」


「おれも? 光栄です」


 手放しで喜びかけた藤澤の頭の中に、付き合っている最愛の彼女の姿が浮かんだ。

 人を殺すのがうまくなったとして、彼女はどう思うのだろう。

 妊娠検査薬の二本の線を見て、彼女が嬉しくて泣きながら電話をかけてきたのは、一週間前の出来事だ。

 トイレの個室で叫びにも似た声を反響させていたのは、いまでも印象深く残っている。


 あの喜びの根源と、逆のことを極めようとする藤澤に対してどう思うのか。そんなの、わかりきっている。

 とはいえ、豆粒みたいなエコー写真を見たときに、よりいっそう藤澤は強くなりたいと思った。


 極端な考えではあるが、いつでも人を殺せるほどに強くなれば、腑抜けた自分からは脱却できそうではないか。

 藤澤は、自分を蕾だと思っている。

 極道になった以上、男として花開きたい。


「ちょっと、ダンチョーも組長も本気なんですか? てか、フジも山本もリアクション薄いな。おかしいと思うんは、うちだけかいな」


「え、なんの話?」

 真顔で藤澤がたずねると、里菜に頭をはたかれた。


「きいてないとか、どないなボケやねん」


「いや、だって。秘密兵器として鍛えられる三人目って、山本だろ? わざわざ集められたことから考えて。あれ? ちがうの?」


「うちも、同じこと考えてたわ。でも、ちゃうからビックらこいて、屁もこいたんや。いや、ホンマには屁こいてないで」


「んなことは、どうでもいいから、誰なんだよ?」


 里菜が手を振り上げる。またツッコミがくるのかと思い、藤澤は身構える。彼女の手は地べたで寝転がる男を指差していた。


「最後の一人として、中谷勇次を鍛えるって言うてるんやで」


「え、マジで? てか、最後の一人? じゃあ、山本は?」


「悪いが、落選だ」


「わかりました」

 弾丸も山本もクールだ。


 一人だけ選ばれなかったのに、悔しくないのだろうか。

 このままでは、同期と後輩に、一歩抜きん出られるというのに。もっとも、そういうのが山本らしいといえば、それまでなのだが。


 なんにせよ、山本ではなく自分が選ばれた。素質があると考えてもいいんですよね、これは。

 山本には悪いのだが、心の中でガッツポーズして小踊りしてしまう。


 喜びのあまり、馬鹿になる。

 勇次が選ばれたことに対して、藤澤はなにも考えなかった。

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