2013年【藤澤】 05 槻本山の価値を知ろう

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 沖田組事務所ビルの階段をのぼりきり、扉を開ける。

 屋上に立ち入ると、土の匂いが鼻を刺激する。


 初めて訪れたときには驚いたが、いまの藤澤には見慣れた風景だ。

 事務所の屋上には土が敷き詰められている。

 外周を取り囲むように植えられた欅の木は生い茂っていて、屋上の柵としての役目と、外側からの目隠しを担っている。

 照りつける太陽が、藤澤たちの背中を焼いていく。

 暑さから逃げるような足取りで、木陰に設置されているベンチに向かう。


 ベンチには先客がいる。

 腕を組んで座っている弾丸と、彼の肩や頭で羽を休めている鳥たちだ。

 ほんわかした雰囲気は腰から上だけだ。足元は、まるでスラム街。リアルファイトの結果として、ボロボロの勇次が転がっている。


「お待たせしました。ダンチョーの希望通り、二人を連れてきましたよ」


 里菜を先頭にしたまま、藤澤と山本の三人ともが木陰に入っていく。羽ばたく鳥たちを気にせずに、弾丸は気軽に手をあげた。


「別に、そこまで待ってはいないからな。思いのほか、時間つぶしになった」


 大の字で寝転がる勇次の拳を眺めながら、弾丸はどこか嬉しそうだ。


「それにしても、闘争本能の塊みたいな男だ。二度も意識を失いながらも、決してUMAころしを手放さないとはな」


 UMAころし。

 昨夜、初めて耳にした単語だ。なんなのか知りたいのだが、山本がすまし顔なので、藤澤もそれとなく頷いておく。


「ダンチョー、わかっとるような顔を男連中はしてますけど。これ多分、わかってないですよ。ちゃんと、UMAころしってのについて、説明してくださいね」


「そうか、そうか。まぁ、簡単に言えば、見えない棒だな」


 そこから追加で説明があるだろうと思ったのに、弾丸は黙ったままだ。

 え、説明終わり?


 なんとも言えない気まずい時間の中、風上からタバコの煙が流れてくる。

 屋上の入口から、沖田総一郎がこちらに向かって歩いてきていた。

 藤澤が姿勢を正すと、ほかの連中も沖田に気づいたようだ。里菜も山本も背筋を伸ばす。

 すぐに沖田は、休めの指示を出してくれた。緊張を解いて楽にする。


「ちょうどいいところに来たな。ワシのかわりにUMAころしの説明をしてくれ」


「別に構わんが、サンダーバードの説明は終えているのか?」


「いや、してないけど。そんなこと今更しなくても、知ってるだろ? そうだよな?」


 弾丸と目があったので、山本が代表して答える。


「岩田屋に住んでたら、サンダーバードの名前は極道になる前から一度は耳にするもんやとは思います。せやけど、詳しくはなんも知りませんよ。せいぜい、でかい鳥って噂をきいたことがあるぐらいで、見たこともないですしね。フジもそうやろ?」


「そうっすね。俺も山本と同じようなものです。俺の場合は、テレビでUMA関連の特集番組が放送されてて、サンダーバードの名前を知ったって感じです」


「ちょっと、ちょっと。なんやねんあんたら。それだけなん? 勉強が足りへんで」


 得意げになった里菜の顔にキュンとなる。

 どうこうしたいという思いはないが、たまに凄く可愛い仕草を見せてくれる女が職場にいるのは、非常にありがたい。


「サンダーバードが生息してるといわれとる槻本山の所有権は、一年ごとに変わっていく。三つの組で持ち回りになってるんやで。それが原因で、ややこしい状況なんを考えたら、槻本山になんらかの価値があるのは間違いないやろ」


「補足すると、持ち回りしている三つの組は、巖田屋会、加藤組、シャイニー組だ」


 里菜の説明に割って入った沖田の言葉を受けて、藤澤は違和感を覚える。その正体がわからぬ藤澤の横で、山本が舌打ちをする。


「それやと、対等ちゃいますやん。加藤組とシャイニー組で、あちらさんは二年間キープしてますよね?」


「舌打ちもしたくなるよな。これでも足掻いたんだぞ。前の抗争の終結時に、私たち沖田組をくわえて、四年間で一巡という風にしてこそ対等である。そう提案したのだがな――」


 沖田が言いよどんだのを見て、弾丸がどこか皮肉げに笑った。


「あんときは、ひどかったよな。身内に足を引っ張られたんだから」


「買いかぶりすぎだ。私が最後まで交渉しても、結果は同じだったかもしれんからな」


「謙遜するなって。我らが沖田総一郎の交渉術を持ってすれば、他の組にも納得させることができたはずだ。それを『若頭の組が意見するな。伊達組に任せろ』って、できもしねぇくせにどっかの馬鹿がしゃしゃり出てきたからな」


「弾丸、言葉がすぎるぞ。伊達の伯父貴を責めるのはお門違いなんだ」


「でもよ。結果的に、所有権の長さは、敵の半分。しかも、こっちが所有してるときにさえ、今年みたいに妙なことをされる始末だ。伊達の奴がろくでもねぇせいで招いた結果だろ? だいたいだな――」


 弾丸は個人的に伊達を嫌っている。

 愚痴が長くなるのは、飲みに連れて行ってもらったときの経験から、藤澤は知っている。

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