2013年【藤澤】 04 容疑者・西野ナツキ二三歳

 容疑者の写真としてテレビ画面にあらわれた西野は高校の制服を着ている。

 藤澤が持っている高校の卒業アルバムの写真だ。


 山本と同じで、西野とは幼稚園からの付き合いだ。

 小学校の修学旅行も同じ班で、山本と仲良くなったのも、西野のおかげだった。


 定期テストのときは、西野、藤澤、山本の順で机に座ったこともある。

 秀才の西野の解答をカンニングさせてもらったのが懐かしい。

 そういえば、答案用紙を集める際は、山本が眠っているので、いつも藤澤が代わりをつとめていたっけか。

 些細な思い出が、たくさんある。


「なんで? 西野が殺人?」


 親友の名を口にしながら、藤澤はテロップの漢字表記のミスに気づいた。ナツキは漢字で書くと珍しい名前だからって、間違えるな、マスゴミ。


『西野容疑者は、父親が経営するリフォーム会社に勤めているとのことです。地元では有名な企業らしいですね。二代目としてその手腕を発揮しはじめたのが、去年の秋頃ということですので。つまりこれは、殺人を起こした時期と重なっている模様で――』


「キョネンノアキゴロカラシュワンヲ?」


「山本が片言になる気持ちもわかるぜ。西野の企画が会社の躍進に一役かったのって、あいつが大学で付き合ってる彼女を紹介してくれた時期だったから」


「忘れもせーへん。成人式で西野が、こっちに戻ってきたときや」


 メディアは、裏を取ることを疎かにして、視聴者に嘘を与える。

 他よりも先んじて情報を世に知らしめることのほうが、真実を与えるよりも重要ならば、やめちまえ。


『――この企業は、ボランティアに力を入れていることでも有名でして、凄まじい額の募金や寄付金を予算から捻出しているとのことです。それらは全て、人の命を救うための行いだったはずですが――ボランティア精神に溢れた二代目の裏の顔とはいったい?』


 山本がテーブルを蹴る。ガラス製のテーブルは、砕けて散った。

 ニュース番組は、西野を知る人たちのインタビュー映像に切り替わっている。


『二代目はいい人』『そんなひどいことをする子じゃない』『信じられない。なにかの間違い』

 音声に加工がされていない生の声だ。好評価ばかりで、さきほどのニュースキャスターの『裏の顔』という煽りが恥ずかしくなるようなコメントが多い。

 いかに編集したとしても、西野が善人という大前提は揺るがない。だからこそ、このようなインタビューしか放送できないのは当たり前だ。


『ですが、一方でこう言った印象を持っている人もいました』


 テロップが表示されたあと、インタビューを受ける人の声が加工される。


『うるさい外野の声は、おっしゃる通りで言い返せない。だから、わかってますと合わせる。けど、結局は自分のやりたいことをやる。いまはまだ自分を信じて、たとえ間違っていたことだとしても――って、言ってたこともありましたね』


「あいつが学生時代に歌ってた曲の歌詞じゃねぇか。なにいってんだ、こいつ?」


「女っぽいな。もしかしたら、西野にストーカー気味だった奴ちゃうか?」


「その可能性はあるかもな。あるいは、番組を盛り上げるための仕込みとか」


 ムカつく女に続いて、西野の両親にもマイクが向けられていた。

 両親の声は加工されていない。いままでのインタビュー同様に、顔は映らないように手元だけが撮影されている。


 報道陣に事件のことをたずねられて、両親は苦しそうに答えている。

 藤澤の中の怒りがスっと引いていく。インタビューの内容が耳に届いても理解できない。寂しくて虚しい。


 極道を職業に選んだことからもわかるように、藤澤も山本も悪ガキだった。西野と遊ぶ際にもタバコを吸ったり、酒を飲んだりしたこともある。

 それが西野の親父さんにばれて、よく怒られていた。


「あんな弱々しい声はじめてきいた」


「なんやねん、これ」


 こわい親父というイメージからは、かけ離れた情けない声のインタビュー。

 自分の親父よりも親父らしい人物が、弱々しくなっている。心配でならない。


「あー、さっぱりした。ん? どないしたん。マジな顔で? ええ裏ビデオでも手に入ったんかいな?」


 部屋に入ってくるなり、里菜が軽口を叩いてくる。

 バスタオルを巻いているだけという魅力的な姿なのだが、藤澤も山本も無視を決め込む。


「なんやニュース見よるだけやんか。そんなんより、屋上で繰り広げられとるダンチョーと勇次のリアルファイトのほうがおもろいで」


 さらに無視をしてニュースを見ていると、里菜は口を尖らせて不満をあらわす。


「あんたらに拒否権ないんやからな。ダンチョーは二人を名指しで呼びよったで」


「ダンチョーが? しゃーない。ワイが先に行って時間稼いどく。フジはあとから来いや」


 山本がソファーから腰を上げる。藤澤もそれに続く。


「いや、俺も行くよ」


「こんな嘘だらけで、くだらんもん見てられへんか?」


「それもある。でも、それ以上に知りたいんだよ。人を殺すってどういう気持ちなのかを」


 浅倉弾丸ならば、コメンテーターが振りかざすクソみたいな倫理観よりも、意味のあることを言ってくれると思うのだ。

 四年前の抗争で『報復の浅倉』は、たくさんの人の命を奪っている。

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