2013年【藤澤】 02 生き様が川島疾風に近い

「ざっけんなよ。守田に今みたいなパンチ食らわしたら死んじまうだろうが」

「大丈夫、大丈夫。初期段階だが、あの程度で殺せるほど楽な相手じゃないからよ」


 背後のUMAを気にかけながら、勇次は苛立っている。聞き間違いでなければ、UMAのことを守田と呼んだぞ。会談を滅茶苦茶にした勇次の相棒的存在の守田裕とは、姿がまるでちがう。

 同じ名前の別人?


「ああん!? 初期段階ってなんだよ? どういうことだ?」


「どういうことってのは、こっちの台詞だ。極道の会談に乗り込んで大暴れしたのが、ほんの数時間前だろ。この短い間に友達の守田裕がモスマンになりかけてるじゃねぇか」


 守田裕がUMAのモスマン? わけがわからない。


「オレたちはダチなのか? なぁ、守田。さっき、オレになに言おうとしたんだ?」


 何かを言いたそうに、守田は口を大きく開いていく。開きすぎだ。やがて口の端が裂けて、頬から血がとめどなく流れ出す。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「小僧、喰われるぞ!」


「んなわけねぇだろ、馬鹿か。オッサン」


「いいから、どけ!」


 危機を察した弾丸が、守田に攻撃を仕掛ける。しかし、弾丸の腕は伸びきらない。空中で透明な壁かなにかにぶつかったように見えた。


「だから、やめろって言ってんだろうが」


「驚いた。これは、UMAころしか。しかも、ワシが砕けないほどの硬さとはな。よくぞ、その若さでそこまで狂って成長したものだ。さぞやいい師がいたのだろう?」


「師匠だ? 兄貴と姉貴がいただけだっての。それを、てめぇらが」


「わかった、わかった。その怒りは、ワシを責めるのに使うな。別の瞬間までとっておけ」


 対向車線の道路からヘッドライトが近づいてきたが、弾丸と勇次は睨みあっている。

 車は通り過ぎることなく停車し、助手席が開いた。


「こちらにお集まりになられていましたね。『計算』どおりです」


 白衣のポケットに手を突っ込んだ男は、車道の中央で繰り広げられる異様な光景を観察する。


「あの白衣、どっかで見たツラだな」


「ヤガ・チャンというシャイニー組の苦労人だ。舐めた口をきいたら、後悔するかもしれないぞ」


 勇次のチンピラ台詞を制止するように、弾丸が脅しをかける。

 勇次の鼻息が荒くなったので、逆効果だったようだ。


「チャン? そうか、そうか。あのクソサルにきいたぞ。てめぇ、兄貴がどうなったか知ってんだろ? 本当は、まだ生きてるんだろ。どうなんだよ、おい?」


「中谷勇次さんですよね。あなたのことは興味深い対象だと認識しております。ですが、いまは相手をしている時間はありませんので。黙っていてくれますか?」


「あ? 上等ォじゃねぇか。どっちが、立場が上かすぐに教えてやろうか?」


「浅倉弾丸さん。彼を黙らせていただけませんか?」


 やんちゃなガキに苦笑いを浮かべていた弾丸は、チャンのお願いを鼻で笑う。


「不服そうですね。ですが、考えを改めていただきたい。こんなところでのやりとりが長引いて、カタギの人間に嗅ぎつけられるのは、お互いに避けたいところではありませんか?」


「きっと、沖田でも同じことを言うんだろうな。からあげ好きの人間は聡明だもんな」


「そこで私からの提案なのですが、中谷勇次、守田裕の両名を我々に保護させていただけませんかね?」


「つまり、なんだ? チャンは、わざわざオレを身近に置いて、ぶっ殺されたいってことなのか?」


 勇次の発想は、ぶっ飛んでいる。だが、どこか懐かしい感じもした。

 顔とかは似ていないが、生き様とかが、川島疾風に近いものがあるのだ。

 目覚めたばかりの山本が、藤澤に視線を向けてくる。

 おそらく、山本も情熱乃風で伝説を作った男のことを思い出したのだろう。


「チャンさん。ワシは、保護でも身柄を取り押さえるんでも、なんでもいいと思ってる。でも、二人もあんたらに差し出す訳にはいかん。こういう数のバランスは大事だろ。だからさ、落としどころとして、一人はこっちに貰う」


「妥当なところですね。いいでしょう。では、早い者勝ちということにしましょうかね」


 話がまとまったのを見計らい、チャンの同乗者が車から降りてきた。

 見た目は華奢な女性たちだ。いったいなにが出来るというのだろう。こういうときは、強面だったり屈強な男が出てくるのが相場なのに。


「沖田から話はきいているぞ。お前らが『幾夜』だろ。実力を見せて、ヤガ・チャンに褒めてもらいたいって顔をしてるが、もう終わってる。さっさと運べ」


 敵の組員に命令する弾丸は、肩にかけるようにして勇次をかかえている。


「あれ? なにが起こったんだ?」


 藤澤の間抜けな呟きを受け、里菜は生唾を飲み込んだ。


「見てなかったんや、もったいない」


「一瞬だけ、シャイニー組の連中に気をとられてたんだ。それで」


「アホやな、フジ。一瞬あったら、ダンチョーなら、二人をぽぽぽーんできるやろ? 勇次や守田も化物やと思ったけど、桁がちがうわ。うーん。あの遺伝子を受け継げるんやったら、子作りもありやな。せやけど、年上すぎて守備範囲外やな。息子おるらしいから成長を待つか」


 里菜の発言の後半部分は、きかなかったことにしよう。


「巖田屋会は勇次を預かる。お前らには守田を任せる」


「モスマンよりもUMAころしを優先する訳ですか」


 チャンの部下は、慎重だ。守田を運ぶ前に、手足の拘束を徹底している。


「丁重に扱えよ。あくまでも一般人の身柄をお前らに保護してもらうだけだからな。くれぐれも、勝手に殺すなよ」


「浅倉さんは優しいですね。この二人が原因で、巖田屋会は危機的状況だというのに」


 さきほどの会談で、勇次たちを逃がすまいと田宮が発砲した。

 その一発の銃弾が巖田屋会の会長・岩城の体を貫いたのは、藤澤の記憶にも新しいものとして残っている。


「ところでチャンさん。田宮のボケは、岩城会長を狙って撃ったんじゃねぇよな?」


「そんな訳ないじゃないですか。不幸な事故ですよ」


「ま、なんでもいいけどよ。もし、死んだら報復にいくからな。なにもかもが、お前の計算通りにいくと思うなよ」


報復かえしの浅倉』の異名を持つ弾丸に煽られながらも、チャンは不敵に笑うだけだった。

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