巖田屋葛藤憚 その② ~メッセージ・イン・ア・ボトル~
郷倉四季
2013年【藤澤】 01 具現化された欲しいもの
1
「なんとかかんとかフンフンフン♪ 偶然に耳に届いて、お前の力になりますように♪」
カーステレオの電源を切っている車内で、助手席の浅倉弾丸が歌を口ずさんだ。
「なんか言いましたか、ダンチョー?」
助手席のシートを後ろからつかみながら、星野里菜がたずねる。
身を乗り出さずに、ちゃんと座っていてもらいたい。ルームミラーで後ろが見えなくなって邪魔だ。
闇の中でヘッドライトを光らせた敵の車が迫ってきたら、対応が遅れてしまうだろうが。
「いやな。さっき、人を殴りながら、頭にエンドレスで曲が流れてたんだよ――」
敵対している組員を半殺しにしながらも、弾丸には余裕があったらしい。
車を運転する藤澤は、戦場で床に這いつくばっていた余韻のせいで、いまも微かに震えていた。
弾丸のような心の強さは、藤澤の欲しいもののひとつだ。
「いまさっき、ようやく歌詞の一部を思い出したんだよ。だから、歌ってみた。ん! 『浅倉弾丸の歌ってみた』だな。使い方あってる? 歌ってみたって流行ってるんだろ?」
「しょうもないこと言うてる場合やないでしょうに。いまの状況わかってます?」
弾丸が口に人差し指をあてると、車内の会話が中断される。
運転席の後ろから、いびきがガーガーと、うるさい。
「聞こえたか? 山本が睡眠をとれる状況だから、まだ絶体絶命じゃないってことだ」
山本大介は、出会った時からこういう男だ。よく言えば肝が据わっている若白髪。悪く言えば単に馬鹿な若白髪。とにかく、若くして白髪。
「ブレーキ!」
「はい?」
弾丸が的確な指示を出してきても、藤澤が反応できなければ意味がない。
道路脇の林から、もみ合いながら二つの塊が飛び出してきた。
ボンネットがへこみ、フロントガラスにヒビが入る。
「あああああああああああああああっ! はねた! なんか、はねましたよ!」
車の挙動を押さえ込みながら、藤澤は叫ぶ。思わず丁寧語になるほどの取り乱しっぷりだ。
「お前ら、ガラスの破片に気をつけろよ」
弾丸の凄まじい速度の左ジャブが、フロントガラスにぶつかる。向かい風とともにガラスの欠片が車内に流れ込んだ。
「フジが車をUターンさせてる間に、終わらせておく。なぁに、心配するな」
軽やかにボンネットの上に弾丸は移動する。視線を車の屋根に向けると、歯茎をむき出しにして笑った。
「車とぶつかっといて、そんなところに移動するか? やめろ、やめろ。浅倉の血が滾ってしまうだろうがよ」
ボンネットを蹴って跳躍した弾丸は、車の屋根で暴れている。
「なんや、やかましいな」
頭の上でガタガタと暴れられていては、さすがの山本でも目覚めるらしい。
「おはよう、山本――って、いうとる場合か、どアホ。ダンチョーが、敵を落としたあとに、車から飛び降りてったんやで」
「訳がわからん――なぁ。中華料理屋で生き残って車に乗ったとこまでは覚えとるんやけど、いまどないなっとるん?」
「安心しろ、山本。しっかり起きて運転してても、ダンチョーがなにしたかったのかはわかんねぇから。でもよ、いまからするのは華麗なターンだから、しっかり見とけ」
片道一車線で道路の幅は狭い。だが、車の運転が取り柄だから、悪条件でも停止せずにターンしてみせる。
サイドブレーキを引き、ハンドルを操作。
ガンッ、と車体の後部がガードレールにぶつかる。
愛車のロードスターだったら、完璧なターンを披露できたのに、初めて運転する車だから、うまくいかなった。残念だ。
過程はどうあれ目的を達成した。
ヘッドライトをハイビームに切り替える。スピードを落としながら走り、弾丸の背後に車を停めた。
「まだ決着がついてへんのか――っ! なんや、あれ?」
里菜が大げさなわけではない。藤澤も息をのんだ。
弾丸が戦っている相手の特徴的な目玉にみいられる。眼球は外にはみだしており、白い部分も黒い部分もなく、すべからく真っ赤っか。
「お前らは、車から出てくるなよ。どうやら、浜岡博士のつくりだしたUMAらしい。足を壊したのに、立ち上がるほど元気とはね」
UMAと呼ばれた敵のズボンは破れている。
両膝部分から、折れた骨が肉を突き破って痛々しい。そんな状態で、無言のままでいるのも不気味さに拍車をかける。
「次の攻撃で終わらすぞ」
宣言を終えると、弾丸は突き出された右手の指を一本ずつ折り曲げていく。拳をつくる所作は、まるで脅迫だ。
いまからこれで殴るぞ、死んでも恨むなよ。
強い人間の戦い方は実にシンプルだ。
防御が無意味になるほどの、圧倒的な暴力で襲いかかるだけ。
右ストレートでぶっ飛ばす。まっすぐいってぶっ飛ばす。
それだけで終わるからこそ、生き残りたければ弾丸の攻撃を止めるしかない。
「これ以上、守田を傷つけんじゃねぇぞ、コラ!」
攻撃をやめさせるために、説得をはじめる。一番の手かもしれないが、弾丸に攻撃をやめる気はないようだ。
闇の中から若い男が駆け出してきた。そのまま躊躇いなく、UMAに向けられた弾丸の拳に突き進む。
高速道路に飛び出すような愚行だ。無鉄砲すぎる行動は、若さゆえだろうか。
「おいおい。相殺するとは、なんてやつだよ。まったく、噂以上だな、中谷勇次」
目をそらしていなかったのに、なにが起きたのか藤澤には見えなかった。
弾丸の右ストレートを自らも攻撃することで相殺したとでもいうのか。
あり得るかもしれない。
目の前の男が中谷勇次だったから、そう思えてしまった。
さきほど、極道の会談に乗り込んできた無鉄砲な高校生の一人。
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