【2-6d】集いし希望

 迅たちは息を切らしながら、かろうじて二本足で立っていた。巨大な存在相手に出せるものは全て出し尽くした。


「クソッ……、タレ……!」


 フラフラしながら鉄幹が悪態をつく。


『これで分かったでしょう。小さな力で自由とは手に余るもの。そんなものは手放して、私が与える宿命に身を委ねなさい。この新しい世界の幸せを享受するのです』


 ミスティルテインはあくまで優しく迅たちに問いかける。しかし、誰もが目の前の巨悪を睨みつけている。


「……。元の世界は、俺も嫌いだ……」


「照木くん?」


 ひかるの横の迅も体力が尽きかけて、バランスが崩れそうだったが、剣を杖にして立ち続ける。


「でも、大事な人のためならどんな世界だって生きてやる。世界に言われたからじゃない。俺が決めたんだ、自分を信じるって……!!」


『その真っ直ぐな目。とても綺麗ね。でも、ここまでです』


 巨大なミスティルテインは剣を天の太陽に向けて掲げる。すると、上空から滝のような光線が降り注ぎ、地面を焼いていく。


「があぁぁぁああ……!!!!」


 迅たちはその威力に伏してしまった。立ち上がろうにも力が入らない。そして、


「じ、迅……!」


 鉄幹が呼びかける迅は眠ったように気を失っていた。


「ま、まずい……!」


 オルフェの悪い予感通り、迅は目を覚ますと黒い焔に包まれ、色が反転した。剣を支えにして立ち上がる。


「ヒハッ……!! ヒッヒヒヒヒヒ……!!!!」


 不気味な笑みを上げる。


 刀憑きは迅の体を無理矢理酷使して戦い続けるだろう。ただ、力を求めるために。そう思ったひかるは意を決して、布都御魂を握りしめ、


「照木くん! これ使って!」


 迅の側に霊晶剣を投げて、地面に刺さる。


「迅!」


「ジン!」


「ジン! これ!」


「ジンくん!」


 ひかるの考えを察した鉄幹、イリーナ、クロエ、オルフェもそれにひかるに続いて迅に向けて剣を投げる。


 迅は霊晶剣を見つけるなり、強欲に剣を求め、ストームブリンガーに吸収された。


 すると、迅は目を見開いて、身を包む黒い焔が激しく燃え盛る。


「グオォォォォォオオオ!!!!」


「て、照木くん!!」


「くっ……! 少年一人には重すぎる荷だったか……」


 オルフェは悔やむが、ひかるは真摯な眼差しで迅を見守る。


「照木くん……! 私は、君を信じるよ……!」













 白い空間の中にいた。前にもよく見た光景。しかし、いつもとは違っていた。


 白い地面にはこれまで取り込んできた霊晶剣が刺さっていた。それはまた墓標のようにも見えた。


 そして、目の前の黒く燃えるもう一人の迅が浮いている。否、名を吸魂の剣ストームブリンガー。


『くくくくっ……! ひゃははははははは!!!!』


 ストームブリンガーは両手を広げ、狂ったような高笑いを上げている。


『ご苦労、我が器よ。よくぞ、これほどの剣を集めたな。これで、俺は最強の剣となる!! お前は俺に振るわれる傀儡、否、最凶の修羅となれ!!』


 ストームブリンガーは迅に手を伸ばす。迅は迫る悪手に腕を庇う。




『そう思い通りになると思う?』




 ストームブリンガーの両傍に二本の剣が浮かび上がる。クラウソラスとレヴァテインだ。


 それらはそれぞれ赤い光と紫の光に変わり、そこから更に人の形になる。二人はストームブリンガーの腕を拘束する。


『お前たちは……! ぐっ……!』


 ストームブリンガーは抵抗するが、強い拘束に身動きが取れない。抑えるその人の形に見覚えがある者がいた。


「クラウさん……!? あなたは……ローリさん!?」


『久しぶり。でも今は大事なことがあるでしょ?』


『お願い!あの人の……、私たちの思いを……!』


 二人が訴えかけると、その背後に次々と今まで吸収してきた霊晶剣が浮かぶ。


 アスカロンは青い青年の姿に。


『あの姉妹を僕は送ってあげたい! だから、頼む!』


 カラドボルグはオレンジの老女に。


『あたしゃ老婆だけど、若者の背中見送ってやらないとね。あの娘のように』


 ティルフィングは緑の中年に。


『オレもアイツに未来の嫁さん会わしてやりてぇんだ! 負けんじゃねぇ!』


 布都御魂は白い大人の女性に。


『あなたたちの運命を始めるために……! 剣を振るうのはあなたです……!』




 さあ、希望の名を掲げて!




『グオォォォォォオオオ!!!!』


 ストームブリンガーは雄叫びを上げ、翠の焔に燃えていく。その焔は燃え盛り、やがてこの空間に広がっていった。


 迅は天高く掌を掲げ、その名を呼ぶ。




「来い……! エスペランサ!!!!」













 ダートの空高く、翠の火柱が立ち上る。


 その存在にミスティルテインは腕で顔を庇った。


「ねぇ、空が……!」


 クロエが促して空を見上げる。燦々と降り注ぐ太陽の光に影が差した。太陽に迫るように月が動いて重なっていき、やがてそれは皆既日食となる。


 空が暗くなると、燃え上がる焔が収まる。中から現れたのは一本の剣を持つ迅。


 柄はトーチの形を成し、橙、青、赤、緑、紫、黄の刃が炎を象ったアームガードとなっている。


 トーチからは翠の焔が燃え、迅の身長ほどある漆黒の両刃が焔の先に浮いていた。


「なんだ、ありゃ……」


 鉄幹が呆然とする。


「吸収した全ての霊晶剣が融合したんだ」


 オルフェがそう考察する。


「干将・莫耶みたいに……?」


 イリーナが尋ねた。


「すごい……! カッコいい……!」


 クロエはその姿に目をキラキラさせた。


「ひかるくんはこれを狙っていたのかい?」


 オルフェが尋ねるが、ひかるはニヒヒと笑い、「ナイショ」と言った。


『迅……、本当にあなたは……!』


 ミスティルテインの口調に怒りが見える。巨大な剣を横に振りかぶり、迅目掛けて薙ぎ払う。


 しかし、迅は容易くこれを受け止め、弾くと巨大な刀身目掛けて斬り放つ。剣は腹できれいに切断され、切断面から翠の焔が燃え移りミスティルテインはパニックになる。剣は先程のように再生はできなかった。


『いやぁぁぁああ!!!! 火が……!! 火がァァ!!!!』


 焔は表面の寄生木だけを焼き、セフィロト本体が燃えることはなかった。


『迅……!! もう、許さない……!!』


 ミスティルテインは燃えているのも構わず、迅に襲いかかる。


 迅は上に大きく振りかぶる。すると、刃に翠の焔が移り、やがて翠の焔はセフィロト程もある大刃を作り出した。目の前に迫る刃に巨大な木の女は怯える。足がない故に逃げることはできない。


『や、やめて……。私は、もう必要ないの……?』


「……。さよならだ……!!」


 迅は剣を振り下ろした。翠の焔の大刃はミスティルテインの頭から根本まで焼き斬っていった。焔は全ての寄生木を焼き尽くしていく。


『イヤァァァァァァアアアアア!!!!』


 ミスティルテインは焔に包まれながら顔を覆う。


 やがて寄生木は燃やし尽くされ、灰となって消えてゆく。木の女は何もできず手をダランと下ろし、焔が踊るままに燃やされていく。


『もう……、私は……必要ない……のね……。私……、皆が心……配……』


 そう呟くミスティルテインに迅は剣を見せつけて、笑ってみせる。


「母さん、見てくれ。俺の希望、皆のお墨付きだってさ。だから、安心してくれ」


『ジン……、ミンナ……。カラダヲ……ダイ……ジニシ……テ……』


 かつてトリックスターの聖女だった者は一瞬微笑んだように見えた。そして、静かに眠るように、その命は焔とともに散っていった。


 セフィロトは女の体のような形になったが、傷一つついていなかった。


 エスペランサを握る迅に、仲間たちは駆け寄った。鉄幹に背中をドンと叩かれた。


「いたっ!」


「やったな! 相棒!」


「ジン、ハラショー。お疲れ様」


 イリーナも迅を称えると、サムズアップを作る。


「……。うん!」


 迅は納得した笑顔でサムズアップで返し、それに習ってここにいる皆はお互いがお互いをサムズアップで労った。


「あ。ていうか、元の世界、戻れるよね? 照木くんに剣あげちゃったけど……」


 ひかるが思い出したように疑問を呈する。鉄幹は不安で一歩たじろいだ。


「いやいやいや! 帰れなきゃ困るぜパイセン! なぁ、迅……」


 今は布都御魂の所有者である迅に問いかける。迅は確信しているように笑い、


「大丈夫。こいつに聞いてみるよ」


 エスペランサを掲げ、目を閉じた。













 白い空間の中。


 力なく浮かぶもう一人の迅。ストームブリンガー。その周囲の地面に霊晶剣たちが刺さっている。


『呆れたな。結局お前は俺がいなければ何もできないわけだ』


「まぁね……。絶対に皆を帰さないといけないからさ」


『ククッ……。己の自由のために俺に宿命を強いるか……。結局お前はあれほど憎んでいた宿命を否定しきれないわけだ』


「……。そうだな……。俺たちとあの人たちが戦ったのは、多分、どっちも正しかったからだ。宿命は人を守って導いて、自由は新しい可能に出会って夢を叶える力をくれる。今回は、剣の力とみんなの思いで貫いた。それだけの話なんだよ」


『……。都に帰還を望む者たちを集めろ。それほどなら、望む時空に送れるだろう』


「できるんだな?」


『さて? 百年以上奴が巣食っていた大樹にそんな芸当ができるかな?』


「!? でも、さっき送れるって……」


『……。剣の魂を全て大樹に放ち、魂を糧として後は剣に任せればいい』


「魂を糧に……。結局ネイティブたちに頼らないと駄目なのか……。全てって、お前は…?」


『……。人斬りに始まり、剣に宿り、剣を喰らう命運。もう、興も冷めた。この因縁も、もう終わりにしても悪くはないだろう』


「お前も……? 待てよ……! お前まで……!」


『妙なことを言う。お前は、俺が憎かったはずたが……?』


「ここまで来れたのは……、お前のお陰でもあったからさ……」


『なら鞍替えるか……? 俺を振るい、お前は修羅になる。簡単なことだ』


「いや。やっぱり、お前のこと嫌いだ。さっさと帰るよ。でも……、ありがとう」


『ふっ…。お前の稀有な運命、面白かったぞ』

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