【2-6e】宿命の太陽と俺たちの世界
こうして、数多の犠牲の上に成り立つ歴史は、聖女が散ったことで終止符が打たれた。
騒動後、迅よりダート国王へ元の世界への帰還の目処が立ったことを知らされ、アバロンの全ての国へ通達が送られた。
『1ヶ月後、王都ダート全域を使い帰還の儀を執り行う。元の世界への帰還を希望する者は、指定時刻まで王都の敷地内へ集合すること』
という旨だ。
告別や役職の引き継ぎなどを経て、帰還を望むトリックスターたちは次々と王都へ集結していった。
そうしてその日まで、あと2日となった。
勇士学院の主席学院生アーサー(本名、米原切雄)は聖女シャウトゥと結託しての国家転覆の罪、並びにトリックスター殺害の罪により、帰還の儀まで王城地下牢に禁固となった。
あの戦いから誰との面会も謝絶していた。帰還か残留かその答えを示さずに。
その牢の部屋へ複数人が降りていく。パーシヴァルを先頭に続いて元ギネヴィアのナーディア、ナーディアを左右から支えるティエンとユエ、そんな彼らに付いていくアナスタシア。
彼らは螺旋階段を降りながらそんなアーサーとどう話し合うかの話し合いをしていた。
「どうする? 帰還の儀だっけ? もう明後日だよ?」
ナーディアがそう聞くと、一同は沈黙する。
「どんな言葉をかければいいのか……。ワタクシは思い出を語ることもできません」
アナスタシアも難色を示している。そこで一言呟いたのは
「もう、彼のことで手を焼くのはたくさんだ」
「パーシヴァル?」
ナーディアがパーシヴァルの顔を伺うが、パーシヴァルはそれ以上何も言わなかった。
アーサーの牢の前にたどり着くと、牢番の騎士が呼び止める。
「王子、あなたのような方がこのような場所に……」
「構わない。ガヴェイン殺害について新しい証拠があった。S級権限において、我々が取り調べを行う。もちろん構わないよね?」
「はぁ……。しかし、差し出がましいとは思いますが、相手はテロリストです。王子が何かありましたら……」
「心配しないでくれ。それとも、S級権限を蔑ろにする気かい?」
「滅相もございません! どうかお気をつけて……」
そう言うと、牢の中に向って「取り調べの時間だ」と言い、重い鉄扉を開ける。
中にいたアーサーは、学院の制服を脱ぎ、ワイシャツとズボンだけで牢屋の粗末なベッドの上に目を開けながら横たわっていた。
パーシヴァルたちは牢の中に入ると、内側から扉を閉める。牢の中は窮屈だが5人がちょうど収まるぐらいだった。
「……。取り調べって言ってなかったか……?」
「S級権限を使わせてもらったよ。取り調べは僕たちが行う。……、というのは建前だけどね」
「……。帰れ」
「悪いけど、これは拒否できない。建前でも取り調べだからね。拒否するなら明後日まで懲罰房に移ってもらおうかな」
「……。便利だな、その権利も。」
「まぁね」
アーサーは寝転んだ体を起こしてベッドの端であぐらをかく。
「で? テロリストになんの用?」
「そんな自分のことをテロリストだなんて……!」
「テロリストなんだよ!! 聖女の秩序に甘んじた結果、今はこんな粗末な部屋に閉じ込められてるんだ! 笑えるよな。笑えよ。どうせお前らも笑いに来たんだろ!?」
アナスタシアが宥めようとしたが、アーサーは自暴自棄になっている。
「アーサー。悪いけど笑いにきたんじゃないんだ」
パーシヴァルが言う。アーサーは素っ頓狂な顔をした。
「は?」
「いつまでもウジウジしてる君がいい加減腹立つんだよ!!!!」
パーシヴァルがアーサーの胸ぐらを掴む。ティエンとユエが「やめなって」と止めようとするが、パーシヴァルはその手を放さなかった。
「僕はね、味覚がなくなったんだ。君と同じく聖女を信じたせいで。けれど、僕らにも未来がある! 君だってそうなんだよ!」
「は? そりゃお前は操られてただけだからな。罪を問われずに済んだんだろうよ! だから未来云々言えるんだろ!! 俺だけ聖女を信じた罪を被ってさ!! お前らは抜け駆けしたんだ!! 裏切り者なんだよ!!」
「裏切ったのは聖女だ!! 僕らも君も、本当は悪くないんだよ!!」
「じゃあ何だよ!? この仕打ちは!! 俺だけ惨めな思いしてさ!! 他人はいつもそうだ! 俺にばっかり厄介事押し付けやがって! 正直目障りなんだ。だから、高峰も殺したんだよ!!」
「いい加減にしてくれ……! 裏切られたから? テルキジンに負けたから? 君の強さはそんなことで終わらないだろ!!」
「!?」
パーシヴァルは胸ぐらを放してベッドに突き飛ばした。
「君がどんな過ちを犯しても、消えないんだよ! 今まで君と過ごしてきたことが! 今も認めたいんだよ! 君を! こんな失敗で、全部泡にする気か……!!」
パーシヴァルの見たこともない気迫でアーサーは押し黙ってしまう。そんなアーサーにアナスタシアたちが集まってきた。
「アーサー、って言うんですよね? ワタクシ、記憶がなくなってしまったけど、あなたと友達から始めてもいい気がするんです」
「ねぇねぇ、アーサー。アーサーはきっと今の自分が嫌いなんだよね?」
「新しいアーサーにはもうなれない?」
「新しい……、俺……?」
アーサーは双子に言われたことを反芻する。
「アーサー。ワタシは姉さんと帰るって決めたけど、あなたはどうするの?」
「ギネヴィア……? いや、ナーディアって言うのか……」
「ギネヴィアでいいよ。それで、新しい道を探すことにしたの。姉さんに勝てる方法を。ね? テニスができなくなっても、未来は終わらないんだよ。アーサーもきっとそうだと思う」
アーサーは俯いて沈黙する。言葉は交わし尽くしたとパーシヴァルは皆に退出を促した。
「アーサー。君がどんな生まれでも、僕たちは君を認める。当日までどうするか、決めておいてくれ」
パーシヴァルはそう言い残して部屋を後にした。
部屋に一人のアーサー。握り拳を作ったが、すぐに解いて、ドアの鉄格子から見える、かつての仲間たちの背中を見た。
「終わらない……? はっ、テロリストになに言ってるんだか……」
帰還の儀、当日。
故郷への帰還を望むトリックスターたちが世界中から集まった。人間や獣の形をとるもの、多様なトリックスターがこの場から元の世界へ帰ろうとする。しかし、それでも都がすし詰めのようになることはなかった。
ある者はこの世界が恋しくなり、ある者はアバロン以外の故郷を知らない者たちなど。帰還を望まない者もたくさんいるということだ。
刻限は12時。セフィロトの根本で用意している迅が布都御魂を発動し、セフィロトを動かす。
その時より15分前。セフィロトの根本の所で迅たちはある者と再開した。
「生きていて何よりです。エヴァンさん」
フンと鼻で笑うエヴァン。今はまだ上手く動けないらしく、松葉杖を使って外出を認められていた。
その隣にソードハンター、そしてクロエがいる。エヴァンと一緒にここに残る者として。
「でも、いいんですか? 故郷に帰らなくて」
「100年も経った今、故郷がどうなっているかも分からん。だが、それ以上にこの場所に愛着が湧いたらしい。『王になれ』とも言われたしな」
「エヴァンさんが王様!?」
「魔族を束ねる王。則ち、魔王だ。魔族と人間の共存のため、力が必要だとレオの息子に言われたのでな。ふっ、先代と違ってなかなかの人格者だな」
「んで、クロエのアレだろぃ? 父親になるんだろぃ?」
ソードハンターが冷やかすように口を挟む。エヴァンは何も言わない。その隣からクロエが、
「ねー、ねー。『お父さん』って呼んでいい?」
「『エヴァン』と呼べ。さもなくば、飯を抜く」
クロエは頬を膨らませて「ケチー」と言うと、皆笑いあった。
ひかるがいつの間にか手に入れた懐中時計を見る。異世界のお土産、らしい。
「照木くん、そろそろ……」
「そうですか……。正直名残惜しいです」
「火種のトリックスター。いや、ジン。此度は助かった。お前が正した歴史、決して無駄にはしない」
「分かれる覚悟も決めたんだろぃ? あばよ」
「みんな……」
エヴァン、ソードハンター、そして言葉がうまく出ないクロエはこの場を後にし、迅たちに背中を向ける。その時だった。
真ん中に開かれた道に一人の少年が歩いてくる。
「アーサー」
アーサーは青い学院の制服は着ているものの、白いケープは羽織っていなかった。そんなアーサーの顔はどこか切なげに迅は見えた。エヴァンたちと言葉を交わさず、まっすぐ迅の元へ歩いてくる。
「照木迅」
「米原切雄……。いや、アーサー。君はどうするか、まだ聞いてない」
アーサーは俯いて目を伏せ、少しの沈黙の後答える。
「俺は残る。この世界でやり残したことがある」
「やり残したこと……?」
迅が尋ねると、アーサーは後ろを向き、ダートの町並みを見下ろす。
それは白い太陽が優しく照らす世界だった。街の外は緑が森が広がり、きっとそこには魔族がいるだろう。
「この世界をより良くしていく。アンタたちとまた会える日まで」
「俺たちが……また……?」
アーサーは真摯な眼差しで強く頷く。
「今回だけで終わらせないさ。このセフィロトでまたアンタたちと会えるように、研究していく。もうただの異世界じゃない。俺たちが出会って戦った場所。それが素晴らしい場所だったんだって、誇れるような世界にする」
その瞳はキラキラとしていて、ハズレくじに憂う影は微塵も見えなかった。迅は微笑んで、右手を差し出す。
「分かった。楽しみにしてる、アーサー」
アーサーは右手を出して悪手に応えた。
手を離して、街の外へ歩き出す。その途中にアナスタシアやパーシヴァル、ティエンとユエが手を振ってアーサーを迎えていた。イリーナの隣のギネヴィアは仲間として彼らを見送った。
刻限となった。エヴァンやアーサーたちもダートの街から出たらしい。
迅はブローチを使い、トリックスター全員に呼びかける。
「皆さん、これより帰還の儀を始めます。今回は一度きりです。ですが、またここに帰りたくなっても、きっと行けます。俺の仲間が約束してくれましたから」
迅はエスペランサを取り出した。聖女を斬ったこの剣で今度はセフィロトを動かす。それは剣との約束だから。
「皆さん。 故郷の姿を思い浮かべてください。エスペランサが、セフィロトが、そこへ導いてくれます。行きます」
迅は掲げて念じる。布都御魂の力を使ってセフィロトに語りかける。シャウトゥがやっていたことをこんどはこのエスペランサで。
王都全域に青白い光が立ち上る。それの光は強さを増していく。
すると、迅たちのブローチが赤く濁りだした。ブローチの呼びかけに応えると、
『みんなーーーー!!!!』
クロエの声が頭の中につんざく。街の外までは視力が足らず、はっきりとは見えない。しかし、その姿は鮮明に分かる気がした。
『行ってらっしゃい!!』
クロエがサムズアップを向ける。ソードハンターに小突かれたエヴァンも、右の松葉杖をソードハンターに預け、サムズアップを作った。
見送られる仲間たちもサムズアップとあの言葉で返し、青白い光の中へ消えていった。
『行ってきます!!』
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