【2-6c】立ちはだかる無限
紫のオーラが止んだ。
砕け散った地面の大理石が白い塵となってパラパラとまた地面に還っていく。
塵が落ち尽くすと、ひかるたち視界が鮮明になった。数メートル向こうに立っているのは、レヴァテインを持った迅。その正面に剣憑依の甲冑が解けたアーサーが倒れていた。
はっと意識を取り戻したアーサーは迅に見下されていた。後ろにたじろぎ、とっさにエクスカリバーを呼び出すも応えがない。
「忘れたのか。お前の相棒は、俺が斬った」
「そ、そんな……」
迅が冷たい口調でそう言うと、アーサーの顔は蒼白となって、大の字で臥した。
「結局また奪われたのか……。俺が弱かったから……」
「……」
「分かってるんだよ。誰のせいでもないってさ……。みんなが勝手に行動して俺が勝手に不幸だって言ってるだけなんだって。でも、自分のこと責めるのが疲れちゃって、どうしようもなくなって……」
「アーサー……」
「なんで俺は米原切雄なんだよ……! なんであんな奴らの所に生まれて、なんでハズレくじばっか引いて……。なんで、俺は俺を責めなきゃいけないんだよ……!」
「ハズレなもんか……」
「は……?」
「お前の友達に、剣を託されたとき誰もお前を責めなかったよ。みんな友達だって認めてたよ」
「う、嘘だ……。こんなエゴばっかな奴、誰が選ぶんだよ……。ジャンヌだって俺のこと嫌いって言ってただろ……?」
ひかるはため息をつき、アーサーの前に歩み寄った。
「まずアーサー、何股はダメ。好きな人一人に絞れない男、私はもう嫌」
脇腹に両手を当ててズバリと言う。
「ハーレムより一途。これ日本人の正義でしょ?」
しかし、ここで説教をたれているわけにもいかなかった。迅たちは思い出したかのようにエヴァンの倒れている所へ歩み寄る。
迅はリディルに持ち替え、蘇生を試みた。
「ねぇ、ジン……。エヴァンは……」
クロエだけではない。誰もがエヴァンの身を案じる中、オルフェが手首の脈を指で確かめたところ、
「……。かすかにあるね。安静にすれば、後は彼次第だ。だけど……」
「そうは問屋が卸さない……、でしょうか?」
皆が身構える。セフィロトの根に腰を掛けているシャウトゥだ。手首や脚の傷は修復され、手のミスティルテインの刀身の樋を指でなぞっている。
「私の子供たち、皆あなたに敗れてしまったわね。本当に、愛しい半分忌まわしい子……」
「なぁ、母さん。あなたは何者なんだ……?」
「あらら? 私のこと『母さん』って呼んだ? 嬉しいわ、私を拒絶してきたあの迅に……! ふふふっ! まぁ、私の子じゃないけれどね」
「! それ、どういうことですか? 今度は照木くんが学院長の子じゃないって……」
ひかるが尋ねると、シャウトゥはまたくすくすと笑う。
「寿命の平均が70前後の地球人が100年も? この若さを保っている? 剣を持っているだけで? 本当にそれだけなのかしら?」
シャウトゥの答えを待つしか、真実を知る方法はない。シャウトゥは少し考えて、
「そうね……。じゃあ私の本当の名前から言ったほうがいいかしら。私の本当の名は『ミスティルテイン』。つまり、こっちが本体というわけ。照木麗奈自身は流石にもう死んでいるわね」
と霊晶剣を見せつける。寄生木が生い茂る白い長剣。そちらが魂の在り処で、迅の母親の体に取り憑いているとシャウトゥは言った。
まるで迅のものと同じ、そう思ったオルフェは、
「さしずめ、あなたも刀憑きということですか」
「その刀憑きというのは知らないけれど、他の霊晶剣は私を嫌うみたいですね。拒絶反応には困ったものだわ」
「拒絶反応? 俺とあなたは同じだってことか?」
迅は尋ねるが、シャウトゥは話す気が失せたのか首をふらふら横に振り、
「さぁ? けれど、もうどうでもいいじゃない。私は私。あなたはあなたで。……さて、色々語ってもう疲れてしまったわ。決着をつけましょうか」
「母さん……。いや、霊晶剣ミスティルテイン。あなたは一体何がしたいんだ!? あなたのやっていることはもう滅茶苦茶だ!!」
迅が訴えかけ、シャウトゥは少しの沈黙の後、答える。
「……。元々、この世界の秩序を守るため宿命を与えてきたつもりだけど、今はあなた達に悪戯したくて仕方ないの……! ふふっ、あっはははは!!」
シャウトゥはミスティルテインをセフィロトの根に突き刺した。するとシャウトゥから寄生木が身を包むように現れ、セフィロトに移る。
白い剣はセフィロトに溶けるように同化し、セフィロトは白い光に包まれた。
シャウトゥ、照木麗奈の体は艶やかさを失ってミイラのようにシワシワとなって倒れた。それは異臭を放つが、もはやそれに構っていられない。
セフィロトがその形を変えた。
メキメキと軋む音を立てながら、外側に絡まりあった幹が解け、両腕を形作り、内側の幹から女の上半身が現れ、寄生木が長い髪を形作る。そして、右手に巨大な霊晶剣ミスティルテインが現れた。
「な、なんだこりゃ……」
鉄幹や皆もその存在に圧倒される。
セフィロトに魂を移したミスティルテインが左手を胸元に置き、優しく語りかけた。
『さぁ、示してご覧なさい。あなた達が掲げる自由な意志の力を……』
「か、勝てるの……? こんな……」
難色を示すひかるに迅は呼びかけた。
「先輩、大丈夫です。俺たちは一人じゃない」
笑いかける迅にひかるも笑顔を作り、
「うん。やっちゃおうか、照木くん!」
迅たちは戦えないアーサーを逃し、目の前の巨大な存在へ立ち向かった。
ミスティルテインは巨大な剣で地面を容易く斬り払い、地面を裂く。エクスカリバーの衝撃に劣らない衝撃波が放たれた。
「ウオッ!!」
「う、ううぅぅ……!!」
皆は魔法のシールドを展開して衝撃波を防ぐ。クロエも岩の壁を出したが、いとも簡単に破壊された。
「ヤロォ……、木はさっさと焼き払ってやらぁ!!」
「テッカンくん!! セフィロトは傷つけちゃ駄目だ!! 帰れなくなる可能性がある!!」
「はぁ!? じゃあ、倒せねぇってことかよ!?」
「剣を狙うんだ! アレが彼女の核なら……」
「先に言え! 行くぜ!」
鉄幹、それに続いてイリーナ、デュランダルを取り出した迅がミスティルテインの右手に向かった。
しかし、斬り払いで妨害されなかなか近づけない。イリーナだけはその攻撃を水鏡で受け止めた。
オルフェはイリーナの足元に風を作ると、イリーナはそれを蹴り、剣目掛けて高く飛び上がった。
「行けぇ!! イリーナ!!」
「アスカロン!!」
ミスティルテインの重い剣戟が乗ったアスカロンを巨大な剣の腹に打ち付けた。
手応えはあった。着実に剣にヒビが入り、そして鈍い金属音を伴って折れた。切っ先は白い光となって消えた。
しかし、剣の折れたところから白い光が長く伸び、新たな剣先を作り出していた。
「そんな……! 再生した……!?」
「やれやれ……。なら、仕方ない!!」
オルフェはカッと目を見開き、ティルフィングを空に掲げた。
ミスティルテインの周りに強い竜巻が起こり、木にまとわりつく寄生木を千切って吹き飛ばす。しかし、寄生木は間もなく再生して元に戻った。
「やはり無理か……」
「やはりって、何か手は……」
ひかるが縋るようにオルフェに尋ねるが、難色を示している。
『ハハッ!! フフフフフッ!! 皆さん、どうしましたか? 自由を手に入れるのでしょう? 自分たちの力だけで戦うのでしょう? エヴァンに託されたのでしょう?』
「……。俺は……」
『諦めない、ですか? 迅。いいですよ! 私もまだまだ行きますからね!』
それから、あらゆる手段を使って破壊を試みた。焼き斬る。凍らせる。あらゆる魔法や剣技を巨大な剣に当てた。
しかし、剣を折ったとしても無限に再生する剣や寄生木を前に、迅たちは体力を消耗するだけだった。
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