【終章】 宿命の太陽と自由の月
【2-6a】俺たちの道
カツンカツンと地下への階段を降りていく聖女シャウトゥ。
下り階段の果てにたどり着いたのは古びた木製の扉。一面に寄生木がこびりつくように茂っている。
シャウトゥが掌を当てると、扉の寄生木は縮むようにして消え、扉が開けられるようになった。
軋む音とともに扉を開けると、石畳の窓もない小部屋に小さな人の影がグッタリと倒れていた。
「今、私たちの秩序が嘗ての仲間に壊されようとしています。多少強引ではありますが、あなたもお役に立っていただきましょう」
天に登った太陽は黄金の光で地上を照らし、燃えるようなオレンジ色の空は一切の影すら残さないようにダートを覆う。
迅たちが街の門までたどり着くと、遠くへ避難しようとする人々で溢れかえっていた。
学院の教官たちが迫る羽虫の魔族を戦えない人々を守るように相手にしていた。その中には、迅を拒絶したマーカス理事長の姿もあった。
マーカスは迅やオルフェの姿を見つけるとこちらへ駆け寄る。
「オルフェ教官! それに君たちは……」
「おいヒゲ!! てめーんとこの学院長がよくも……!!」
「ちょっと、やめなよ鉄幹!」
マーカスに突っかかった鉄幹を迅がなだめる。すると、パーシヴァルがマーカスの前に来た。
「お、王子……! 今までどちらに!?」
「それより、状況を教えて下さい。この有様は。そして、聖女はどこですか?」
「有様は見ての通りです……。深夜、突然植物が王都全体に侵食していきました。さらに植物の蜜や実を求めてか、魔族が現れ、その魔族にも植物が取り付くと凶暴化していったのです」
「さっきのムカデもそれが原因ですか……」
オルフェがそう呟くとマーカスは続けた。
「魔族だけではありません。騎士や戦士たちにも植物が取り付き、理性もなく暴れ始めました。我々は住民を避難させていますが、人手が足りないところでした……。学院長にテレパシーを飛ばしましたが、今の所届いていないようで……。肝心のアーサー君もどこへ行ったのやら……」
すると、羽虫の魔族数匹が非武装の人間目掛けて飛んできた。寸の所で紫のオーラの壁が魔族を焼き払うように消滅させた。
「ボヤボヤするな。トリックスター」
エヴァンが倒したらしい。レヴァテインを引き抜いていた。その姿を見て思い出したようにマーカスが驚く。
「お前は……! あの時の魔王!? まさか貴様が……」
「落ち着いてください、教官。今は違います」
エヴァンを警戒して剣を構えたが、パーシヴァルが止めて事情を説明した。エヴァンは今はこちらの味方で、この状況の元凶は聖女シャウトゥであること。そして、セフィロトを開放し、トリックスターたちを元の世界へ還そうとしていること。
そこで、鉄幹が痺れを切らしたように、
「おい、説明は今どうでもいいだろ! 聖女はどこだよ、聖女は!」
「おそらくはセフィロトだ。俺がセフィロトを狙っていることを奴は知っているだろうからな」
エヴァンがそう言うと鉄幹たちはセフィロトを見据える。しかし、今度はパーシヴァルに呼び止められた。
「これを」
そう言って迅に差し出したのは霊晶剣アロンダイトだった。
「今は人手が足りない。あなたの力も必要です」
「いや、分かるんだ。剣憑依の反動か、もう霊晶剣は使えない……。けれど、僕もアーサーを止めたい。だから、これだけでも連れて行ってくれ……。お願いだ……」
頑なに剣を差し出すパーシヴァルに、迅は頷き、ストームブリンガーをアロンダイトに当てて吸収した。
「あ、あの……。ワタクシも……」
そう言って剣を取り出したのはアナスタシアだった。パーシヴァルは横で少し驚いた。記憶喪失なのに霊晶剣を召喚できるのかと。
「アナ!? 記憶がなくなったんじゃ……」
「あなたは『アーサー』という人と戦うんですよね? ボンヤリですけど、知っている気がするんです。何か大切な名前だと……。だから、戦えないワタクシの代わりに……」
「……、わかった。君たちの意志も連れて行く」
迅はそう言ってアナスタシアの霊晶剣フラガラッハも吸収した。
剣と意志を託された迅たちは、セフィロトに向かって歩を進めた。
『もうすぐだ……』
迅の頭の中で声が木霊するが、構わず走り続けた。
魔族や王都を守っていたはずの騎士、学院生、更には寄生木そのものが瓦礫を集めて人の形を作り襲いかかってきた。
しかし、迅たちは前途を阻むそれらも切り抜けた。
数え切れない犠牲の上で成り立つ秩序を憂う魔王エヴァン。
妹の腕を奪った聖女が課した宿命を許せないイリーナ。
病床で今も生きているか分からない愛しき人のもとへ帰らんとするオルフェ。
この世界に残り、皆を見送る覚悟を決めたクロエ。
いつでも『相棒』の背中を押してくれる鉄幹。
決意を以て突き進むその背中を見守るひかる。
そして、剣の運命に翻弄されてきた迅。
それぞれの思いを抱えた彼らを阻む障害はそう脆くはない。しかし、それは苦難を乗り越えた彼らとて同じ。脅威を弾き、斬り裂いていく。
彼らがたどり着いた場所はセフィロトの前。全ての始まりとなった大樹の目前に人影はあった。
青い学院の制服の上に純白のケープを羽織った少年。綺麗に切りそろえた黒髪の下に見える目は彼らを睨んでいる。彼の名はアーサー。またの名を米原切雄。
その後ろに控えるのは、今も聖女と崇められる英雄シャウトゥ。またの名を照木麗奈。
そして、もう一人。シャウトゥの手に繋がれている。小さな緑の人影。その双眸はエメラルドのような緑一色で、みすぼらしい服を着ている。
「あの男の子って……」
「ネイティブだね。おそらくあの子は……」
イリーナが指差す方の緑の肌をした男児を見て、オルフェだけでなくここにいる誰もが何なのか見当がついていた。
「人質か……! シャウトゥ!!!!」
エヴァンが憎しみを込めてシャウトゥに呼びかけた。シャウトゥは笑みを浮かべて手をひらひらと振る。
「ごきげんよう、皆さん。さぁ、こちらですよ」
足早にシャウトゥのもとへ向かおうとするが、行く手を阻む者が一人いることも彼らは忘れてはいない。
「アーサー……」
「……。来い、エクスカリバー」
アーサーが白い光から呼び出した一振りの剣が知るものは知るいつもの剣コールブランドとは違うことに驚愕する。
その中迅はストームブリンガーを引き抜き、アーサーに向かって突きつける。
「どいてくれないか?」
迅の一言にアーサーは口に笑みを刻んで、
「そう冷たく言わないでくれ。俺たちは似たもの同士だろ? きっと友達にもなれると思うんだ」
「あの料理が美味しいだけで友達になれたら、世界に争いは一切起こらないだろうね」
迅は真摯な眼差しでアーサーを睨む。アーサーはひらひらと頭を振り、
「冗談だよ。そう、冗談だ……。アンタとは分かり合う気もない!!」
怒りの表情に一瞬で変わった。
「俺から仲間を、平和な世界を奪ったお前を……、俺は認めない!!」
怒りで声を張り上げるアーサーを前に、イリーナが一歩前へ出た。
「平和な世界って何!? 分かってるのアナタは!? 霊晶剣は……!」
「元この世界の先住民、だっけ? 聞いたよ、聖女から」
アーサーは平然と答える。
「俺たちが犠牲の上に立ってるって? 当たり前だろ? 食事は生き物を殺して摂る。いつも『いただきます』って言ってるさ。けど、そんなこと気にしてちゃ、胸張って前に進めないじゃないだろ」
「人の犠牲は違うだろ!! 『アイツ』を、家畜と比べんじゃねぇよ……!!」
鉄幹はクラウソラスを握って、抑えながらも怒りをなんでもない風なアーサーに向ける。更にひかるが一歩前へ出て、
「アーサー」
「ジャンヌ! 君は俺の所へ戻ってきてくれるって思ってたよ! 俺たち、あんなことやこんなことしたもんな」
アーサーは嬉々と両手を広げる。迅のストームブリンガーを握る手に力が入るが、
「私、あんた嫌いだから」
そう冷徹になんの抑揚もなく言い放った。アーサーはわざとらしく仰け反った後、溜息をつき、
「あっそう。でも、考え直してほしいな。この力があればみんな惚れ直すと思うんだ。みんなでまた平和な日常を満喫できる。そう思ってたんだけど……」
アーサーはふるふると震え、また怒りの表情で迅に向かって剣を突きつける。
「お前が!! 今度はお前が!! 俺から何もかも搾取して!! もうウンザリなんだよ……」
アーサーは息を少し荒げている。そんなアーサーにエヴァンは剣を一振りして、
「小僧。怒るわ笑うわ忙しいだろうが、早く退け。俺は後ろの女を殺さなければいけない」
迅の横を素早く通り過ぎて、アーサーに切りかかった。アーサーはなんでもない顔で剣戟を受け止めた。
「あれ? 魔王の剣? 弱すぎないか?」
惚けた顔で首を傾げたが、エヴァンの蹴りが鳩尾に決まる。アーサーは交代して咳き込んだ。
「言えて満足か? 勇者」
「クソ魔王……!!」
迅たちもアーサーに向かって駆けて行く。
「もういいだろう。戦いしか俺たちにはいらないだろう。米原切雄!!!!」
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