【2-3c】自由に飛べ

『お前たち、知ってる? ティエン、ユエ、どこだ?』


 巨鳥は頭を低くしてこちらを睨みつける。


 迅たちがたじろぐ中、クロエは物怖じせず、前へ出た。イリーナが止めようとするが、迅に「任せてみよう」と言われ、止める手を下ろした。


 クロエと巨鳥の間隔は数メートル。そこでクロエが頭を深く下げた。


「お願いします! わたしたちを助けてください!」


『お前、耳、変。何者? ティエン、ユエ、教えろ』


「あの子たちはあなたがここへ来た時にいた場所にいます」


 クロエがそう教えると、巨鳥は翼を展開した。足下に羽が一つ二つと落ちて爆竹のような小さい爆発が起こる。


 鉄幹が霊晶剣を取り出して踏み込もうとするが、迅に静止される。巨鳥は睨みつけるだけで今のところ危害を加えようとはしていない。


「わ、わたしたちはあの樹を使って帰りたいんです。でも、反対する人たちもいるから……。多分あの子達も帰るのを反対してる。だから、一緒に戦ってほしいんです」


『帰る? ダメ! ティエン、ユエ、帰る、ダメ!』


「え?」


『ティエン、ユエ、優しい。悪い、人間、2人、使う、戦い。ワシ、2人、守る、ここで』


「えっと……、あの……」


 クロエはおそらく言葉の意味がわからず、体を右往左往させている。迅たちに振り返り、助けを求めると、迅が歩み寄る。


 その時だった。




 ドォン!!




 巨鳥の横面に紫の魔法の球弾が炸裂した。そのいきなりの衝撃で巨鳥はよろめいて倒れ、クロエはびっくりして尻もちをついた。


 迅たちはクロエに駆け寄り、球弾が飛んできた方を向く。そこにいたのは、


「よっしゃ! 先手必勝!」


「テメェ……、この前の……!」


 鉄幹が睨む先に、嬉々とガッツポーズをするガヴェイン。後ろに他数人の学徒が控え、そしてガヴェインの左右には、闘技大会の招待に来た双子の女の子がいた。ややガヴェインの影に隠れるように後ろに下がっている。


 ガヴェインを先頭にわらわらと倒れた巨鳥の近くに群がってきた。


「動かないよな?」「やったのか……?」「よかったぁ……、戦わずに済んだ……」「こんなあっさり!?」


 そんな学徒たちを他所に迅たちの顔から血の気が引いた。一人フルフル震える鉄幹を除いて。


「おい、双子!! お前らこの鳥のこと知らねぇのかよ!!」


「ひっ!?」


 鉄幹の怒声に双子は狼狽する。


「この鳥はなぁ、お前らのこと守るっつったんだぞ!!」


「ふ、不可解……。魔族がワタシたちを守る……?」


「……」


 ユエがうろたえながらも鉄幹の言葉を否定する。その隣でティエンが真顔になって考え込む。


 そんな双子を遮るようにガヴェインたちが躍り出てきた。


「なーに適当なこと吹き込んでんだよ! オレたちの決着がまだだろーが!! ガラティーン!!」


 ガヴェインがオレンジ色の光から霊晶剣を引き抜き、他の学徒も倣って剣を取り出す。


 それに対して鉄幹はクラウソラスを鞘から抜いた。鋭い睨みをきかせた顔で。


「かかってこいよ、温室の勇者さま」


 両者は睨み合い、同時に地面を蹴る。ガヴェインが刺突を繰り出すと、鉄幹は左手に握った鞘でそれを受け流した。ガヴェインが猛攻撃を繰り出すが、全て最低限の動きでかわされ、いなされる。


 攻撃が全く当てられないガヴェインは苛立ちをつのらせたのか、額に血管が浮かび上がる。


「に、逃げてんじゃねぇよ! 臆病モンが!!」


「おい。一発くらい当てようぜ、Sクラス」


「うるせぇ!! おい!! テメーらなにやってんだ!!!!」


 怒りに任せ、大ぶりの剣戟を振るいながらガヴェインは、後に続いているはずだった学徒に呼びかけた。


 しかし、いつの間にか学徒たちは地面に横たわっていた。一人ひとり寝息を立てている。


「ナイスです、先輩!」


 迅が霊晶剣を掲げたひかるを称賛する。ひかるの術で既に眠らせていたのだった。


「役立たず共がっ!!!!」


 ガヴェインが憤慨し、変わらず鉄幹に向けて剣を振るう。そこで、


「干将!」「莫耶」


 ひかるの術にかかっていなかった双子が、それぞれ白と黒の刀剣を掲げて鉄幹たちの足元に魔法陣を展開した。鉄幹たちは危機を覚え、魔法陣の外へ飛び去り、黄色と紫の閃光から逃れた。


 双子はガヴェインの前に立ち、ユエがガヴェインに振り向いて、


「落ち着くように。一度深呼吸して」


「な、なんだよ……?」


「相手の挑発に乗っちゃダメだよ! 連携で切崩さないと、このお兄さんたち強いよ!」


 ティエンが刀剣を構えながら、ガヴェインに言う。ガヴェインは一度舌打ちしながらも、ユエの言うとおりに深呼吸した。すると、顔の血相が落ち着き、短髪を掻く。


「わりぃ。お前らを守るって言ったのにな」


 ガヴェインはニッと笑い鉄幹たちに向いて剣を掲げ、オレンジ色の光が立ち上る。


「させるかよ!」


「こっちのセリフ」


 鉄幹が真っ先に踏み込んだが、立ちふさがったユエの姿がかき消えた。


「!? なんだ!?」


「テッカン、後ろ!」


 イリーナが言う方に鉄幹は振り向くと、いつの間にかユエが一足一刀の間合いにいた。すでに刀剣を振り上げていて防御は間に合わない。


「ダメーーー!!!!」


 クロエの叫びとともに、ユエと鉄幹の間の地面から鉄の棘が突出した。鉄の棘とユエの剣戟がぶつかり、鉄幹はいきなりのことで後退すると足のバランスが崩れる。


「ガラティーン!!」


「やべぇ!!」


 そうこうしてる間にガヴェインの術が完成した。ユエは鉄幹の横をすり抜けてガヴェインの隣に戻る。鉄幹や迅たちの頭上にオレンジ色の魔法陣が展開され、そこから激しいオーラが振り落ちる。


「ぐおぉ!?」「お、重い……!」「重力魔法……!」「うっ、うぅぅ……」


 オーラが降りる地面が徐々に陥没していく。迅たちは立っていられず跪き、地面に伏した。


「今だ! ティエン、ユエ!」


 剣を掲げて術を制御するガヴェインが双子に呼びかける。双子も刀剣を掲げて術を発動する。しかし、


『ティエン……、ユエ……! 守るぅぅ!!!!』


「なっ!?」


 ガヴェインたちの背後の巨鳥が翼を広げて起き上がった。驚いたガヴェインは術を解いてしまい、迅たちは自由の身となる。


 ガヴェインは今度は巨鳥に向かって術を構築する。


「やめろ!!」


 重力を受けて上手く動けない鉄幹が声を張り上げたところで、ガヴェインは聞かず術が完成してしまう。


「これで、しまいだぁぁ!!!!」


 剣を天高く上げ、巨鳥の頭上に魔法陣が現れる。巨鳥は魔法陣から振り落ちるオーラを浴びた。いくつもの羽が次々と落ち、巨鳥の下で爆発が連鎖する。


『ぐぎゃぁぁぁああ!!!!』


 巨鳥は叫びを上げて、大きな鈍い音とともに倒れた。


『………。飛べ……。自由に……。ティエン……、ユエ……』


 巨鳥はそう言い遺し、ピクリとも動かなくなった。


「あっ……、あぁ……!」


 その地面に横たわった屍の姿を見て、ティエン、そしてユエは狼狽した。


「ねぇ、ユエ……。この鳥、もしかして……」


「……!」


 ティエンとユエ、二人の眼に小鳥の姿が重なった。













 そこは機械によって発展を遂げた世界だった。


 人間たちは機械によって組み込まれた大型のシステムプログラムによって生活が管理され、何不自由ない生活を送っていた。


 しかし、機械が世界を埋め尽くすごとに自然は絶やされていった。空気は淀み、海は濁り、自然は死に絶えていった。


 そんな世界の危機に、自然を人間の手から解放せんとするレジスタンスが警鐘を鳴らすが、あくまで世界の発展を存在意義とするシステムプログラムに意思を委ねる現政権は彼らを反乱分子として武力で排除することとなった。


 レジスタンスに向けて武装兵力が向けられ制圧していく。


 中でも脅威となったのが双子の少女。少女たちは驚異的な身体能力と、一卵性双生児特有のシンクロする意思と感覚を利用した連携でレジスタンスを撹乱し、暗殺していった。


 それがティエンとユエだった。


 戦争兵器として育てられ、管理されてきた2人。しかし、2人はとても好奇心旺盛で彼女らを管理する者たちも手を焼いていた。


 ある日、部屋のバルコニーに一匹の黒い小鳥が落ちてきた。不憫に思った2人は支給された医療キットを使って小鳥の羽の怪我を治療した。


 その後、秘密に世話をするが、管理者によって見つかってしまい、やむを得ず空へ還したのだった。


 それから数年後……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る