【2-3b】巨鳥を探せ

「ん……。んんぅ……?」


 小さな口から声が出た。瞼も動かせるらしく、少しずつ開けてみる。目に光が差し込んで、世界が色づいた。


「あ……、クロエ……?」


 クロエが横になっていたベッド。その傍で、座りながら顔を覗く白髪の女性。


「イリーナぁ……?」


「クロエっ!!」


 イリーナは椅子から立ち上がるなり、起き上がったクロエに抱きついた。


「心配したんだから……」


「イリーナ、くるしいよぉ……」


 言葉では拒みながらも、クロエも抱きつくイリーナを受け入れる。


「ねぇ、イリーナ……」


「あぁ、ごめんね、クロエ。どうかしたの?」


 イリーナはクロエから体を離し、クロエの顔を見る。


 クロエは顔を伏せている。まるで何かを言うことを躊躇うように。しばらくして口を開き、


「わたしね……、本当は……」


「起きたようだな」


「!」


 急にドアが開かれると、入ってきたのはエヴァンだった。その姿を見てクロエは反射的に顔をそむけて黙り込む。


「クロエ……?」


「……。ううん……、やっぱり大丈夫……」


 イリーナが心配そうに顔を覗うが、クロエは言葉を引っ込めてしまった。


「……」


「エヴァン、どうかしたの?」


 言葉を紡がず、ただ黙り込むクロエを見据えるエヴァンにイリーナが尋ねるが、エヴァンはスルーして、クロエの側に歩み寄ると水が入ったコップを差し出した。


「飲め」


「あ、ありがとう……」


 クロエは恐る恐るコップを受け取り、ちびちびと水を啜る。こちらを見下ろす鋭い眼を覗いながら。


「イリーナ! クロエは!?」


 と、迅やひかる、鉄幹も部屋に入ってきた。目を覚ましているクロエを見て3人は胸をなでおろす。


 そこで、エヴァンが切り出す。


「ちょうどいい。お前たちに話しておきたい。先の鳥の魔族についてだ」


 鳥の魔族。爆発する羽を持つ巨大な鳥。その羽のせいでクロエはダメージを負うことになった。皆、神妙な面持ちでエヴァンに向く。


「あの鳥の魔族、こちら側に引き入れれば戦力になるかもしれん」


「は? 鳥を仲間にってことか? 危ねえだろ。それにどうやって引き入れるってんだ?」


 鉄幹が尋ねるが、エヴァン以外皆そのとおりだと思うだろう。エヴァンが答える。


「ブローチがあれば、魔族でも意思疎通はできるようになる。あとは交渉次第というところだがな。とにかく、あの魔族を制御できれば、学院側が率いる軍勢にのみダメージを与えられる」


「それじゃ、戦争と同じじゃないですか! たくさん死人が……!」


「今更何を言っている? 軍勢を前に剣を振るうとなれば、それは戦争だ。お前たちも既に片足を突っ込んでいるんだぞ」


 迅が反証するが、エヴァンに一蹴されてしまう。


「あの聖女に、あの学徒どもに『戦いをやめろ』が通じると思うか? 奴らには戦う理由がある。それでも帰還を望むなら、戦う以外方法はない。お前ももう覚悟を決めたはずだ」


「……。わかりました。なら、あの魔族の交渉には俺達が行きます」


「そのつもりでお前たちに話した。学徒によれば、奴は港の先の森林地帯へ降りていったらしい。探索にはおそらくカラドボルグが必要だろう」


 クロエの発達した聴覚と、カラドボルグのソナーのような力で音から居場所を特定できることはエヴァンはイリーナから聞いたらしい。


「でも、数日待ちましょう。クロエの体が万全になってから……」


「イリーナ、わたしは大丈夫だよ」


「でも、クロエ……」


「早く行かないと、鳥さん遠くに逃げちゃうよ。わたしはあんまり戦わないようにするから、だから大丈夫」


「……。わかった。クロエはアタシが守るから安心して。無理させちゃうけど、ごめんね」


 申し訳なさそうにするイリーナにクロエは笑顔を作って首を横に振った。













 クロエを休ませていた港の宿屋を出て、迅、ひかる、イリーナ、鉄幹、そしてクロエが巨鳥の捜索に出向くことになった。


 オルフェは投降した学徒たちを束ね、エヴァン率いる魔族の軍と協力して一足先に目的地まで歩を進めるらしい。


 外へ出るなりクロエは皆の前へ駆け出して、くるんと踊るように回ってみせた。自分は大丈夫だ、というアピールだろう。


「よーし、カラドボルグ!」


 クロエは剣を取り出して、地面に突き立てる。柄の頭に猫の耳を当てるが、すぐに耳を話してしまう。


「ここうるさい……」


 クロエの言うとおり、港町は人々の喧騒が行き交うので集中できないだろう。


 クロエは剣をしまって一足先に港町の外へ気丈な様子を皆に見せてかけていった。


 その様子を見たひかるが心配そうに呟く。


「あの子、無理してない? あんなに小さいのに……」


「先輩……?」


「うーん、私の気のせいかな……。私たちに対して気を使ってるような……」


 ひかるが悩ましそうにこちらに手を振るクロエを見る。すると、イリーナが思い出したように、


「そういえばクロエ、何か言いかけたみたいなんだけど……」


「何か? オレたちに相談できねぇことか?」


 鉄幹が尋ねる。


「アタシたちというか、エヴァンたちにって感じ?」


 イリーナはうーん、と唸って悩むが、イリーナの背中を鉄幹が叩いた。


「なら、いつもどおり守ってやろうぜ。どんなこと考えても、アイツはアイツだ」


 鉄幹の言葉にイリーナは「そうね」と言って自分を納得させた。


 港町から100メートル離れた場所でクロエは再び、カラドボルグに耳を当てる。目を閉じて聴覚に集中する。


 足音、草が揺れる音、水が流れる音、様々な音の中から巨鳥の手がかりを探る。


 バッサバッサ。


 羽ばたきのような音だった。その音の後で小さな破裂音が聞こえると、クロエは剣から耳を離して迅たちに伝える。


「聞こえた! バッサバッサって音! あとドンって!」


 クロエの報せを聞いて迅が考え込む。


「ええっと、バッサバッサが羽ばたきだとすると、ドンって音は羽が落ちて爆発する音かな。水に濡れてたから爆発が弱くなってるのかも」


「よっしゃ! クロエ、案内頼むぜ!」


 鉄幹がでかしたとクロエを指差し、クロエは力強く頷いた。













 天を木々が遮り、差す日は僅かな森の奥。クロエの聴覚を頼りに辿ってきた。


 その中にいたのは、池だまりに嘴をつけて水を飲むあの巨鳥の姿だった。木の影に隠れて迅たちはその様子を覗う。


 その体躯はキリン程の高さだろう。そのサイズの鳥が数メートル先に存在していた。


「近くでみるとインパクトあるな……」


 コソコソと鉄幹が感想を言う。ひかるは口を抑えて興奮してるらしい。


「やばいやばい……! ギネス級じゃない……!? ばえるばえる……!!」


「先輩、落ち着いてください……。今インスタないですから……」




「グエッ……!? グガァ……!」




 巨鳥がこちらを睨みつけていた。ひかるたちはその鋭い目にびくついた。


「ひっ!? 見つかった!? ちょっと照木くん!」


「いや、声大きかったの先輩ですから!」


「言ってる場合か!? おい、ブローチ投げればいいんだよな? 鳥頭には効かねぇとかなしだからな!」


 鉄幹が胸のブローチを外してサイドスローで巨鳥の足元に向かって投げた。


 巨鳥は足元に転がったブローチに構わず、こちらを威嚇する。すると、


『人間、ダレ……!! また、ワシ、殺す……!?』


 迅たちの誰でもない、しわがれた声が聞こえてきた。


「喋った……!? 今鳥喋ったよね……!?」


 ひかるの反応から巨鳥から言葉が聞こえたらしい。ブローチを投げた鉄幹は首を横に振る。


 巨鳥はゆっくりと鋭い爪を備えた足でこちらに歩み寄ってくる。大きな翼を少し広げて、その威圧感に迅は圧倒されながらも、言葉を紡ごうとする。


「あぁっと……、おっ、俺たちの声が聞こえますか……?」


『人間、しゃべれる。お前たち、何者?』


 巨鳥は問いながらも威嚇を解くことはしない。


『ティエン、ユエ、どこいる?』


「え? ティエン……? ユエ……?」


 その言葉にひかるが反応した。迅たちにも聞き覚えがあると頭を捻って思い出した。


「あの双子!?」


『どこいる? ワシ、助ける。ティエン、ユエ、どこいる?』


「アナタ……、あの双子のなんなの?」


 イリーナが問う。


『ふたご……。ティエン、ユエ、ワシ、助けた。ワシ、ティエン、ユエ、助けた』


 いかんせん片言で、言っていることはすぐには分からなかった。迅が少し考えると、


「この鳥は、あの双子に助けられて、この鳥もまたあの双子を助けた、とか……?」


『そう……』


 巨鳥は大きな頭を垂れて肯定した。


「迅、お前察し良すぎだろ」


「え? テッカマキ今何て言ったの?」


「オメーは察しわりぃな、イリーナ! ブローチねぇから気にすんなよ!」

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