11章 家族に言いたいこと
【2-3a】英雄は舞台裏へ
ダート勇士学院グラウンド。朝日が登り始めた時刻に観客は誰一人いない。そんな中グラウンドで剣を打ち付け合う人影が2つ。
「ふっ! ハッ! せいっ!」
ギネヴィアがガラティーンで斬撃を防ぐガヴェインに攻撃する。
「ダメだ! まだ隙が多い。剣だけじゃなくて剣の重さを利用しろ!」
「なら……!」
ギネヴィアは一度霊晶剣を腕にしまい、ガヴェインと距離をとる。ガヴェインに向かって助走をつけて飛び上がると、大剣の霊晶剣を召喚して降下する。
「バルムンクっ!!」
ギネヴィアは緑の気流の塊に包まれ、地面に着地。すると、ギネヴィアを中心に嵐のような気流が吹き荒れ、グラウンドの砂塵が舞い、ガヴェインを吹き飛ばした。
「うおっ! スゲっ!」
ガヴェインは事前に魔法の障壁を張って攻撃を防いだが、気流の圏外に飛ばされたところで障壁が砕け散った。
気流が収まり、ギネヴィアは息継ぎしながらガヴェインの姿を探すと、グラウンドの壁スレスレのところで座り込んでいた。
「ちょっと、大丈夫……!?」
ギネヴィアは駆け寄るが、ガヴェインはなんともない様子で立ち上がった。すると、両手で肩を掴み、
「スゲーじゃん! 必殺技って感じ! これなら魔族もひとたまりもねぇぞ!」
「必殺技って……。アンタ無事じゃない……」
「お前が手加減してたんだから当たり前だろ? 本気で使ったらヤベーぞ、今の!」
「ま、まぁ……。剣の重さ利用しろって言ったから閃いて……。だから、アンタのお陰よ……」
と視線を逸しながら言うと、ガヴェインはニタニタと笑い、肩に腕を乗せる。
「あ、照れてんの? 照れてんの? お前も可愛いとこあんだな!」
「調子にのんな!」
とギネヴィアは腕を払い除けて頭にチョップをかました。その顔はまんざらでもないようにクスリと笑っている。
そうこうしていると、グラウンドの観客席に誰かが入ってきたらしい。ギネヴィアが先に気づくとそこにいたのは、
「あ。アーサー」
「……」
少し俯きぎみのアーサーの背後にアーサーの袖を掴むティエンとユエが隠れるように控えていた。アーサーたちが観客席の最前列に行くと、ギネヴィアとガヴェインも観客席の近くまで歩み寄る。
「……。精が出るな」
とアーサーはグラウンドの二人に笑ってみせる。
「おう! ギネヴィアの必殺技思いついてよ! お前を超すのも時間の問題だぜ、米原!」
「ハハハ……」
元気なガヴェインに対してアーサーは力なく愛想笑いしてみせるが、ティエンとユエが心配そうにアーサーのその顔を覗う。
「ギネヴィア。前倒した巨鳥が生きてるって聞いたんだけど……」
「ええ。だから理事長たちが討伐隊を組むんだって」
アーサーの呟きがティエンとユエに聞こえると二人はビクッと何か衝撃を受けたようだった。二人はお互い不安そうな顔を見合う。
「ねぇユエ……、あの鳥が……」
「……。こわい……」
「なぁ。ティエン、ユエ。あの鳥はいったいなんなんだ?」
アーサーが、怯える双子たちに遠慮がちに尋ねる。二人は少し躊躇いながらもユエが口を開いた。
「ワタシたちの世界にいた鳥。街をメチャクチャにした。あれと一緒にワタシたちはアバロンに……」
「分かった。ごめんな」
アーサーは両手を双子の頭にポンと置いた。双子は上目遣いでアーサーを見てコクリと頷く。
「じゃあ、俺が討伐隊に入れるように……」
「あ、アーサー。ブローチ呼んでる」
「てか、みんな呼んでない?」
ユエとティエンの指摘どおり、ここにいる皆の胸元のブローチが赤く濁っていた。各々ブローチに触れて応じると、
『Sクラスの諸君とティエンくんとユエくん。朝から失礼するよ』
「理事長?」
『事の顛末は聞いた。魔族軍に敗走したと。まったく、聖女の教えを受けながら、嘆かわしい』
「申し訳……ございません……」
「……。悪うございましたー」
当事者のギネヴィアは俯いて詫びるが、ガヴェインは悪態をついて平謝り。
「勇者の候補として我々も手をこまねいては聖女様の面目が立たない。そして、かの巨鳥が魔族側に付いてしまうこと。これは避けなければならない。そこで、聖女様との決議の下、巨鳥の討伐隊の編成を決定した」
今からその討伐隊メンバーを指名するのだろう。アーサーは固唾をのんでそれを待つ。
「Sクラスよりガヴェイン。君を討伐隊隊長として任命する」
「え!?」
呼ばれるはずの名前と違い、アーサーは目を白黒させた。反対にガヴェイン本人は不敵な意味を浮かべながらストレッチをする。
「お。オレか。リベンジと行きますか!」
「り、理事長! 俺じゃないんですか……?」
アーサーは平静ではない様子で理事長に聞く。しかし、
『アーサーくん。これは聖女様との決議で決定したと言ったはずだ。君たちは、奥義を習得せよとのことだ』
「前回あの魔族を倒したのは俺です! 俺を向かわせた方が確実なんじゃないんですか!?」
『冷静になりたまえ。今は魔族軍が進行しているのだ。その魔族軍によって生徒も取り込まれたとの報告もある。君は切り札として残っていてほしいのだよ』
と理事長がなだめると、アーサーは悔しげに口を閉ざし、「わかりました」と返答した。
ガヴェインは霊晶剣の力で増幅した跳躍で観客席まで飛び、アーサーに近づくと方にポンと手を置いた。
『その他のメンバーだが、ティエンくんとユエくん。君たちも討伐隊に加わってほしい』
「あ、アタシたちが!?」
『君たちならあの巨鳥を知り得ているだろう? なら、君たちが適任というのは当然の道理だ』
「……、ユエ……」
ティエンはユエに意見を求める。しかし、ユエは俯いて口籠る。そこへ、ガヴェインが両手を双子の肩に乗せて、
「心配すんなって。オレが守ってやるからよ。だから付いてきてくんねぇか?」
「……。わかった」
ユエは朗らかなガヴェインの顔を見ることもせず、頷いた。
オレンジ色の夕日が照らす草むらに咲く瑠璃色の花々。その蜜を求めて羽ばたく小さな蝶々たち。その姿を小さな女の子はしゃがみながら朗らかな笑顔で見ていた。
「おい、野獣が蝶食おうとしてるぞ」
「きゃっ……!」
背中を蹴られ、前に倒れてしまった。
振り返ると、女の子の後ろから変声期前の少年たちが歪んだ笑みを浮かべて立っていた。少年たちは草むらに土足で踏み込み、持っていた棒で蝶々に向かって振り上げた。
「やめて!」
女の子の悲痛な呼び止めを聞かず、少年たちは棒で蝶々を殴り、踏みつける。蝶々は鱗粉を散らして動かなくなっていた。少年たちはそれを拾い上げ、女の子の口に押し付ける。
「ほら、食えよ。せっかく取ってやったんだからさ」
女の子は目に涙を浮かべながら、頑なに口を閉じるが、少年たちの一人が口を無理矢理こじ開けて、蝶々の死骸を入れた。女の子は反射的にぺっと吐き出して咽る。
「うわっ、マジで食った! きったねー!」
「さすが、野獣は考えることが違うわー」
ギャハハハハ!!
少年たちは無邪気に笑いながら女の子から離れていった。
少年たちを他所に、女の子は唾液に塗れた蝶々の死骸を土の中に埋め、涙の雫が土で汚れた手にこぼれ落ちる。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
夕日が沈んでいく中、女の子は一人すすり泣いた。
日が沈み、白い電灯に照らされる白い家。女の子はトボトボと帰ってきた。
ドアを開けるなり聞こえてきたのは、
「どうしてあんな娘が産まれちゃったのかしらね」
「隔世遺伝か……。まさか、俺たちの間に生まれてくるとはな……」
「どうして神様ってこうも不公平なのかしらね。もっといい娘を授けてくれても良かったのに……」
「もう、しょうがないさ。捨てるわけにもいかないだろ? これが運命だって諦めるしかないんだよ」
「……」
女の子は開けたドアを静かに閉じて、白い家から離れるように歩き去っていった。
白い電灯が女の子の歩く道を照らす。道に写し出されたのは女の子の影。
周りとは違う、頭の上から猫のような三角状の耳と、ワンピースの裾から出る細長い尻尾のシルエットを鮮明に写す。
宛もなく歩き続け、道を外れて雑草が生い茂る林の中へ入り、適当な地面に縮こまり、すすり泣いた。
「なんで……、みんなと同じじゃないの……?」
そして、それは突如現れた。
足元にマーブル模様のなにかが広がり、女の子はその中へ抵抗することもなく沈んでいった。
息苦しさも、身にまとわりつく気持ち悪さもどうでもいい。ただ願った。
「わたしでも、幸せに暮らせるところへ……」
すると、目の前が白く眩しい光に包まれる。
世界は真っ白になり、オロオロと見知らぬ場所に戸惑う。
『クロエ……』
聞いたことなのない声。自分を産んだ者の声でもなければ、疎む者たちの声でもない。
温かい。優しい声。
その声に振り返ると、こちらに手を差し伸べる何者か。そして、その後ろにも幾人もの人の姿があった。
そこへ向かって、女の子は一歩、また一歩と歩き出す。
「みんな……、待ってる……」
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