33.2
錫杖と刀を手に、雷と炎を纏った行者と、氷刃を纏わせた太夫が怨鬼へ躍りかかる。
『なぜ!!』
怨鬼は絶叫した。なぜ、どうして邪魔ばかりするのか。己ばかり邪魔されるのか。苛立ちながら、怨鬼は凍結された触手を捨てて姫神を捕らえ直す。
行者の眼が銀に光る。二対の双眸は爛々と怨鬼を射貫き、責め立てる。その恐ろしさに逆上し、怨鬼は持てる力の全てで叩き潰そうと、血濡れた刀を振りかぶった。新たな触手が怨鬼から若き呪術者たちに伸びる。
『俺のせいではない!! 俺は、悪くない!!』
刀を振り回す。そのたびに新たな触手が術者たちを襲う。
母が悪いのだ。父が悪いのだ。祖母が悪いのだ。妹が悪いのだ。村が悪いのだ。女が、貧乏人が、弱者が悪いのだ。この世が――姫神が悪いのだ。己を搾取し追い詰めながら、己の願いは叶えぬ世界が。己を理不尽に裏切って踏み躙った世界が、悪いのだ。怨鬼が――男が為した何事も、怨鬼と化したこともその後の行いも全て「この世への復讐」であって、男には正当性こそあれ責任はない。
「「違う」ェな!」
触手諸共、一刀両断される。幾重の触手が吹き飛ばされ、衝撃で怨鬼は一歩後ろへ押された。
「たとえテメェの人生の選択肢にクソしか並んでなかったとしても! そん中で一等最低のクソを掴みやがったなァ、てめぇ自身だ!!」
行者が吼えて錫杖を振りかぶる。己が身を庇うために出した触手を粉砕された。
『それしか選べなんだ! 誰も「他」を教えてくれなんだ!!』
何も知らない。分からない。檻のような小さな世界で、窮屈に窮屈に生きた己が、知れることなど何もなかった。そう怨鬼は喚き散らす。
怨鬼自身が気付くことはなかったが、その自我は、怨鬼と成った百数十年前よりほんの少し変質していた。現代人である篠原や裕也、由紀子の精神に触れて得た概念が、何も自覚できなかったかつての怨鬼に、ほんの僅かな光を差し込んでいたのだ。あの夜、由紀子と同調したことで怨鬼は、己の憎悪と怨嗟の底にあるモノを垣間見た。
――
『俺が! 俺とて!! ただ辛かったのだ!!』
涙が溢れる。そう、本当は男はただ、泣き喚きたかっただけだった。泣いて喚いて、誰かに慰めてもらいたかった。
「――だとしても」
男の激情と共に襲い掛かった触手を、一太刀で斬り払って狩衣姿の太夫が言った。
「怒りも憎しみも、哀しさ、絶望、全てお前自身が感じた『生』だろう」
その身に纏う気は、人というにはあまりに冷たい。整った白い面も、虚空を舞う漆黒の髪も全て作り物めいて見えるほどに。しかし双眸に宿した、凍てつくような霊気がその意志を鮮やかに示している。
「味わった苦痛への結論として『選んだ』怨鬼の姿すら、何ひとつ自分の
太夫の言葉は静かで重く、いっそ厳かだ。それは白刃の如く、男の胸を深く深く突き刺した。
『あ、ああ、ちが、違う……う、ぅ、うああああああああああ!!』
頭を、胸を、身体の中をグチャグチャに掻き回される感覚に、男は叫んだ。力が暴発する。それに一切怯んだ様子を見せず、行者と太夫が同時に踏み込んだ。その得物が頭上を狙う。
息の揃った気迫の声と共に、怨鬼が姫神を縛めていた触手が打ち破られた。無理矢理閉じ込め、毟り取っていた霊力から引き剥がされる。
何の抵抗もできず、怨鬼は舞場の中央から弾き飛ばされて地を這った。
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