一.広瀬孝之
1.1
1.
広瀬はまだ新卒二年目にも関わらず、平均三年で異動が普通の市役所一般事務職において、異例の人事異動を言い渡された。彼の一年目の配属先は管財課住宅
その部署名は、総務部危機管理課・特殊自然災害係。
危機管理課といえば防犯や交通安全、防災対策の担当課である。巴市の危機管理課は一課二係、防犯防災係と特殊自然災害係の二つで、そのうち、広瀬が配属された特殊自然災害係は全国でも珍しい部署だ。
「ウッソだろ……」
その異動を知った時、広瀬は呆然と呟いた。
特殊自然災害係、そこはいわゆる『オカルト対策係』だった。
「やあ広瀬君、ようこそ特自災害へ。よう
三月最後の一週間、前任者からの引き継ぎのため、新年度からの職場へ顔を出した広瀬を新しい上司がにこやかに迎えた。特殊自然災害係長・
ちなみに、芳田は広瀬とは違い「専門技術職員」で、基本的に特自災害から異動することはない。この部署数十年のたたき上げである。そして
場所は本館と新館の二棟に分かれた巴市役所の、築七十年を迎えようかという本館の方。市議会議場の横に申し訳程度に貼りついた、古びて小狭い事務室の中である。三階建ての最上階で、議場があるため特自災害以外の部署は入っていない。ゆえに人通りも少なく、南側に五階建ての新館がそびえている関係で年中日当たりの悪い、まさしく「片隅にひっそりと」存在する部署だ。
「じゃけ
そう豪快に笑ったのは四十代半ばの先輩職員、大久保だ。彼は巴市内にある神社の宮司で、厄除けや結界の呪具を作るのが上手いらしい。
ちなみに「しんびょう」とは広島弁で「頻繁に」という意味である。――そう、広瀬はここ半年くらい、ほぼ毎日この部署に通っていたのだ。理由は友人がいるからと、良く言えばとても静かな場所なので、ゆっくり昼を食べるのには丁度良いからだ。
そんなわけで、実は部署の面々とは、とっくに顔見知りである。
「ほんと、言わんこっちゃない。絶対三年以内には異動して来る、ってみんなで言ってたけど、まさか二年目で異動になるなんて……」
最後に呆れ笑い気味に声を掛けてきたのが広瀬の友人、
女性名のようだが男である。男なのだが、とても髪が長い。
背丈は百七十前半で広瀬と変わらないが、細身の骨格に白い肌、端正で中性的な美貌の持ち主で、背の半ばまで伸ばした黒髪をきっちりと後ろでひとつに括っている。いつもにこにことアルカイックスマイルを張り付け柔らかい口調で喋る人物で、良く言えば柔和でとっつきやすい、悪く言えば頼りなさそうな雰囲気の青年だった。
「――その話なんだけどな宮澤。お前、総務部の忘年会で副市長に俺と高校のクラスメートだって言ったって話、アレじゃないのか……?」
若干の恨みを込めて、広瀬は宮澤美郷を見返した。「エッ、あれっ、マジで?」と宮澤が慌てる。周囲には、ああ、と納得した空気が流れた。総務部の旅行や飲み会には市長副市長も出席する。ウッカリ席決めのくじ引きで副市長の隣を引き当てた宮澤から、話のネタにした報告は貰っていた。
「えっと……なんていうか。ゴメン?」
小首を傾げて、てへっ、とばかりに宮澤が笑う。いかにもへにゃりと頼りない、つけ入り易そうな風情の男だが、彼もまた専門技術職員――広瀬とは別世界に生きる特殊技能の持ち主だ。
彼はいわゆる「陰陽師」。
高校当時広瀬が「人畜無害の代名詞」くらいに思っていたクラスメートは、映画か漫画の中の存在だと思っていたゴーストバスターだった。
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