第2話 神話
これはまだ神話と呼ばれる神代の話。
この国を平定しようとする、尊きお方がまだ地方の豪族だった時のお話し。
尊きお方は、南から北へこの大陸を平定すべく進軍をしていました。
しかし、大きな障害がその前に立ち塞がります。
北へ進軍をするには、大きな山岳地帯を迂回しなくてはなりません。
山岳地帯はもちろん、迂回した先の路も険しく厳しい物でした。
敵からした格好の待ち伏せ道です。
山々を越え進軍した方が楽なほどです。
しかし、山道を行くには一つの障害がありました。
それは、白蛇と呼ばれるまつろわぬ神とその守護下にある村の存在でした。
一度兵を派遣しましたが、隊は全滅。唯一生き残った一人の兵士が、事の真相を話しました。
側近の貴族の方々は、ただの見間違えや誇大妄想と一笑に伏しましたが、尊き方はその叡智をもって知っていました。
この世には、人知を超えた超常の存在がある。
ということを。
それは神にも届くほどの怪異で、とても人の手の及ぶものではありません。山を抉り星々をも飲み込む程の神と呼ぶに相応しい存在。
一度、二度と討伐隊を差し向けましたが全て、村人とその白蛇の毒牙にかかり、敗走を余儀なくされました。
そして尊き方は一計を案じます。
その白蛇が祀られている神社へと、間者を送ったのです。
神々には様々な法性があります。
それは、家内安全、安楽浄土、安産祈願、五穀豊穣、など様々な事象を司っている、八百万の力です。
そしてそれは、彼の地の白蛇にも当てはまるのです。
荒神から和神に祀り上げられた存在なら、荒神としての法性と和神としての法性と二つあります。
そして、その法性は時として弱点にもなるのです。
この国に於いて、神と言えども万能ではありません。
その来歴の中に必ず、その神の弱点がある。
尊きお方はそこまでお考えでした。
そして、まつろわぬ神をさらに味方につけ、白蛇の祀られた村ごとその傘下に収め、必ず北方まで平定し、この国に揺るぎなき和平をもたらそうとそのお心を定められていました。
尊き方の命を受け、間者は村に入り込みます。
表向きはこの村の大地主の一人娘の婿。跡取りとして。
しかし、その使命はこの村の現状と白蛇の法性の看破でした。
少しずつ村に溶け込み、参拝と称して神社にも足繁く通いました。
その神社で巫女として働く少女から話を聞くことができました。
もちろん、神社の入り口にも白蛇の来歴は書かれていましたが、その弱点にあたる法性が間者にはわかりませんでした。
月に一度、見聞きしたことを尊きお方に報告する。
しかし、遅々としてこの村への進軍はままなりません。
尊きお方は焦りません。なぜなら各地のまつろわぬ神々たちを説き伏せ、時に味方につけ、時に封じ込めるか、時に打ち滅ぼし新たに神を祀り上げるか。
そのいずれかをしなければ、その土地は後に生命の枯渇した死の大地に成り果ててしまうからです。
それだけは避けなければなりません。
だからこそ、どんなに時間をかけてでも、白蛇を屈服させるか、同族にするか、打ち滅ぼし新たな神を祀るしか方法はないのです。
しかし、現状ではどの手も施しようがありませんでした。
臣下たちは焦り、尊きお方に度の過ぎた進言をする者もおり、勝手に兵を派遣する裏切り者まで出る始末でした。
その裏切った臣下も2度、3度と私兵を向かわせましたが、誰一人として生きて帰る者はいませんでした。
尊きお方はその間にも作戦を進めていました。
ようやく白蛇の法性が掴めたのです。
それは、村の発展、五穀豊穣、健康祈願、村内安全。
そしてさらに「外敵に殺されることはない」という恐ろしい法性までありました。
これでは、いくら兵を送り込んでも勝てるはずがありません。
御国中が震撼しました。
このままでは、北方平定など夢のまた夢です。
迂回路から少しずつ攻めてはいますが、地の利は敵にあります。易々と陥落できるものではありません。
また、北方の豪族たちの間でも山間の村は知れ渡っており、支配下に置くことは諦めているようです。
敵もまさか、あの村から兵が攻めてくるとはおもわないでしょう。
だからこそ、あの山中にある村は中継の要所となります。尊きお方は少しずつ村を侵略します。
まずは神社の悪い噂を村人たちに植え付けます。
昔、荒御魂であった時の暴虐。
人々を自分の餌としか思ってない。
神として祀られているが、いつその正体を現すかわからない。
その時は村は壊滅する。
今の内になんとかしなければ、大変なことになる。
そして村の外界尊きお方が平定した地では、真実そういう事も起こっていました。
地主の婿という事もあり、さらには外界の事も詳しく村の発展に尽力し、村民からも信頼されていた間者の話に村人たちは耳を傾けました。
しかし悪しき風車が残るこの村にあって、頑として首を縦に振らない者たちもいました。
白蛇様に触れてはならない。
白蛇様を未来永劫奉るのだ。
白蛇様を祀る間は、村は流行病にかかる事もなく、作物が育たなくなる事もない。
白蛇様の恩恵だ。
村の年寄りたちは口を揃えて言います。
間者にも考えがありました。
遠くない過去、白蛇の封印が解けて村を襲い外敵のみならずこの村を滅ぼそうとしたこと。
その出来事は村人たちの記憶にも鮮明に残っています。
あれはまさに天災です。
神の力です。
それ程の力をいつまでも封じ込めることは可能なのか。
村で対立が起こります。
白蛇様を今こそ退治して、白蛇様に滅ぼされ未来を回避しよう。
片や、白蛇様は未来永劫祭り上げるなら、この村を守護すると誓った。
しかし、擁護側は力のない老人ばかり。
討伐派は、若く未来もあり野心もありました。
村では今にも争いが起こりそうな状態です。
間者は信じていました。
白蛇を折伏、もしくは退治した後も尊きお方のお力があれば白蛇と同じように、この地を守る事ができることを。
そしてついに討伐派が美鏡神社に攻め入りました。
白蛇は何もできません。
なぜなら、白蛇が神と崇める村民に危害を加える事が出来ないからです。
間者は尊きお方にその知恵をお借りしたのです。
擁護派もやっと駆けつけ、討伐派と戦いましたが、数で勝っていても老人ばかり。
力が有り余っている若人に敵うわけもありません。
そして間者が神社の奥にある御神体に手をかけました。
その鏡を叩きつけ割ってしまったのです。
すると、鏡から人の形をした煙が立ち上がり、先日白蛇をその身に封じ込め神となった少女の姿が現れました。
『人よ、約定を違えるか』
生命まで届くような声。しかし心なしか、その表情には諦めの言葉がありました。
確かに白蛇は倒す事も、殺す事も出来ない災いです。
それが白蛇の法性。いうなれば存在理由です。
しかし「外敵には殺されない」という法性もありました。
つまり、守るべき村民には手を出せず、この村の信者に裏切られたら、さすがの白蛇も倒されてしまいます。
少女の姿をした白蛇はもはや抵抗もしません。
間者ですらこの村に婿として来て、村人の扱いなのです。
そしてついに。
間者の剣が白蛇に突き刺さりました。
尊きお方から授かった、神を殺すこともできる、咎人の剣を。
『霞霧散剣(かすみむさんのつるぎ)』
それは神の力を奪い、時として神を殺す事もできる業の深い剣です。
間者は、白蛇を殺しこそしませんでしたが、霞霧散剣でその力を封じました。
もう、村を守る神はいないのです。
その日のうちに尊きお方が率いる軍隊が村を襲撃。村人たちの抵抗も虚しく、村は尊きお方の傘下となりました。
そして尊きお方は白蛇を生かし、新たな法性を授けます。
今までの法性に加え「白蛇の力は村外では尊きお方の命を受けた時しか使えない」「この村だけではなく国だけのためにその功徳を与えること」
「尊きお方とその従者には消して逆らえないこと」
と。
力を失った白蛇は頷くしかありません。
もし断れば殺されます。
白蛇を超えるほどの力を持つ神は数少ないこと。
ならば、村民を守るためにもここは尊きお方の言う通りにした方がいいでしょう。
白蛇はそれを受け入れ、再び神となりました。
御神体も新しくなり、村人たちにこの遺恨は残さないよう説き伏せ、この村を開拓して駐屯地としました。
こうして尊きお方はさらに北へと遠征し、各地の豪族を退けてこの国を平定する事ができたのです。
美鏡神社 葛葉幸一 @kackt
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