17話 女の嫉妬

「犬飼、犬飼!」


「どうしたの?」


「昨日の帰りにさ、初めてキスしたんだよ!」


「あら。よかったじゃん」


「キスってさ、今でも早くはないよな?」


「まあ、平均的じゃないの」


 上川と鶴貝さんが付き合って一週間。


 毎日、何があった。何をした、と報告してくれる。


 人の惚気を聞くのはあまり好きじゃないけれど、これは純粋な心で聞ける。


「鶴貝さんとは上手くいってる?」


「当たり前だよ! すっげぇ大事にしてる」


「そう」


 幸せそうな顔を見ると何もいえなくなった。


「犬飼ー! 人が呼んでるぞー!」


「え? 誰よ」


 正直な所、上川と坂上以外友達と呼べる友達がいない。


 だから、呼び出しされる理由が分からない。


「犬飼皐月さんですよね?」


「たしかに。犬飼皐月ですけど」


「少し、いいですか?」


「……分かりました」


 同級生か年上からも分からない女子に着いていった。


「げ」


 屋上に連れて行かれると女子が複数人いた。


 これは中学の頃に見覚えがある。


「単刀直入に言います。坂上くんから離れて!」


「そうよそうよ! 中学が同じか知らないけど一緒にいすぎなのよ!」


「はあ」


 やはりそうか。


 でも一番嫌いなパターンじゃないだけいいか。


「溜息……生意気!!」


「私も何も隠さずに言いますけど」


 いつもの対処法で行くだけ。


「こんなことしたら、逆に坂上から悪印象がつくだけですよ?」


「はあ!?」


「今まで散々こんなことをされてきましたが、その子達が坂上に告白したら“絶対”に振られてました」


 相手の顔はみるみる真っ青になった。


 真っ赤になったり真っ青になったり忙しい子。


「これが坂上の言った言葉です。『人をいじめる、または人の悪口を軽々しく言えるような奴とは付き合えない。一生好きになることもない』って」


「う、嘘よ!!」


「別に信じなくてもいいですよ。いずれ分かります」


 坂上は交友関係が広い。


 私が言わなくてもいつかバレるだろう。


「それでは」


 私は背を向け、屋上を出て行こうとすると……。


「このっ!!!!」


「チッ」


 用意してあったのかバケツをこちらへ向けてきた。


「人間として最低ですね。これじゃ一生坂上から好かれない」


 べちゃべちゃになった制服。


 べとべとしている髪。


 誰もが一発で分かるだろう。


 “水をかけられた”とね。


「精々後悔すればいいよ。女の嫉妬がどれだけ醜いか、ね」


 鼻で笑い、今度こそ屋上を出た。


「最悪。制服しか持ってきてないのに」


 これは保健室で体操服を借りないと。


「まあ大変! べちゃべちゃじゃないの!?」


「体操服と下着を貸してください。濡れてて気持ち悪いです」


「分かったわ! 奥で着替えてらっしゃい」


「ありがとうございます」


 着ていた衣類を全て脱ぎ、新しい衣類へ着替えた。


「下着類は新しい物を持ってきて頂戴ね。体操服は洗濯して返してね」


「分かりました」


 私は濡れた制服や下着を透けない袋へ入れてもらった。


「失礼しました」


 それを持ち、教室へ帰った。




「い、犬飼!?」


 教室に帰ると出て行った時は制服だったのに帰ってくると体操服の私に心底驚いた顔をしている上川は出迎えた。


「どうした?」


「水、被っただけ」


「俺のことか?」


「そう」


「犬飼って案外ズバっと言うんだな」


「そうね。だって隠す必要はないし」


「毎回、毎回悪いな」


「モテるって大変ね」


「そうだな。“幸せ”ではないな」


 遠くを見つめ、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る