第1660話 あらまっ
その日は漁師のおっちゃんちに泊めてもらうことにした。
「汚いところで悪いね」
おばちゃんが謝るが、別に汚ねーってこともねー。よくある漁師の家って感じだ。
「ど田舎生まれのど田舎育ち。このくらいで汚ねーなんて言えねーよ。どっちかって言ったら綺麗なもんだ。てか、おっちゃんとおばちゃんの二人暮らしかい?」
八畳ほどの家だが、二人はまだ四十代。子供の一人や二人いてもおかしくねー。他に誰かいる気配もあるし。
「息子のたちは出稼ぎに出てるよ。暴竜やら飛竜やらで漁に出れんからな」
出稼ぎか。年寄りはともかく若いなら出稼ぎに出るのはよくあることか。そのまま帰って来ねーってのもよくあることだがな。
「おっちゃんらには申し訳ねーが、オレとしては小魚が買えて万々歳だよ。金は弾むから明日も頼むよ。この小魚はウメーしな」
「あたしらも長いことここに住んでるけど、雑魚(ざぎょ)がこんなに美味いものだとは知らなかったよ」
「まあ、他に食えるのがあるとそんなもんだわな。うちの村でもただの雑草が料理次第では旨くなるってことがあるからな」
山菜とかそんなものだ。湯がいたりして食うと苦いが、天ぷらにするとスゲー旨くなる。村の連中も天ぷらを覚えたら食うようになって奪い合いだぜ。まったく、調子イイもんだぜ。
「つみれ汁もいいね。あのときゴジルを買っておくんだったよ」
「一晩泊めてもらう礼にやるよ。あ、食える海草とかあるかい?」
「海草を食うのかい?」
「すべてがすべて食えるわけじゃねーが、味を引き立ててくれるもんがあるんだよ。これだよ」
村の小屋(工房)で作った昆布モドキを出した。
「モノゴかい。ドーガのじい様が乾燥させたヤツ食ってたね」
やはり食えねーか確かめるヤツはどこにでもいるもんだ。
「これを鍋に入れて弱火で旨味を出す。そこに魚やら野菜やらを入れるとウメーんだ。これもやるから試してみな」
これで旨いものができるならまたマリンベルにくる楽しみが増えるってもんだ。
「つみれ汁、ウメーな」
今はこのつみれ汁を楽しむとしよう。じゃないとそばかすさんとみっちょんに食われてしまうからな。
夕食が終わればコーヒーで食休み。この一時が幸福だぜ。
このまま眠ってしまおうかと思っていたら、家のドアが叩かれた。お客さんかな?
「はーい。誰だい?」
「夜分、申し訳ない。旅の者なのだが、少しよろしいでしょうか?」
随分と丁寧な客だ。漁港のヤツではねーな。押し込み強盗でもねーみてーだが。
おばちゃんがドアを開けると、中年の戦士風の男が現れた。
……強いな、こいつ……。
雰囲気だけで強いとわかる。冒険者ならA級は余裕でありそうだ。
「我々は風の勇者パーティーです。少しお話を聞かせて欲しい」
あらまっ。まさかの風の勇者が現れたよ。
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