第1648話 嫁
エクルセプルを飲ませて十五秒くらいでねーちゃんが目を覚ました。
「結構時間がかかったな」
親父さんの腕は十秒もしないで生えてきたんだがな。なんの違いだ?
「ねーちゃん。オレは薬師だ。今、薬を飲ませた。気分はどうだ?」
なにが起こっているかわからねー感じだが、意識を覚醒させるためにも声をかける必要があるのだ。
「マオリ。体はどうだい?」
ばーさんが優しく声をかけると、ゆっくりとそちらに振り向いた。
「…………」
口の中が乾いているんだろう。言葉になっていねー。結界水差しで口の中を濡らしてやった。
「……ばあ様。なにが……」
「お前の病気を治した。心の臓の痛みはあるかい?」
「……え? 痛みがなくなっている……」
ふむ。どうやら異常はねーみたいだな。顔色もイイし、表情もよく動いている。まぁ、体力がなくて動きは鈍いようだがな。
「そばかすさん。ねーちゃんの体を拭いてやれ。よく確認しとけよ」
ちゃんと報告書に記載するんだからな。
「オレは外にいる。白湯を飲ませてやんな」
まあ、ばーさんは薬師。言わなくともやってくれんだろうよ。
二人に任せて荷車から降りると、少年とロイさんが心配そうに待っていた。
「ねーちゃんはどうなの?」
「治った。今は体を拭いてもらってる。そこの竈借りるよ」
大したことしてねーが、精神的に疲れた。コーヒーで癒すとしよう。
結界ヤカンを創り出してお湯を沸かし、無限鞄からコーヒーセットを取り出した。
「ロイさんも飲むかい? コーヒーって飲みもんだ」
「南の大陸のか?」
「コーヒー、流れてきてんのかい?」
距離的にアーベリアンと変わらねー。なのにコーヒーが入ってくるとかなんかルートがあんのか?
「極少量だがな。おれも試しに買ってみたが、なかなか旨いものだな。他のヤツらは苦いと飲まないがな」
それは嬉しいね。コーヒーの旨さをわかってくれるなんてよ。
「じゃあ、オレの持ってるのを少し譲ってやるよ。コーヒーを愛する同志へお裾分けだ」
カイナーズホームで買ったインスタントコーヒーを二瓶、あと、角砂糖も四袋ほど渡してやった。
「いいのか? 貴重なものだろうに」
「貴重ではあるが、安く手に入る伝手を持ってるから遠慮することねーよ。旨いコーヒーを飲んでくれや」
何人かコーヒー好きはいるが、まだまだコーヒー愛好家は少ねー。こうして一緒に飲めるヤツは貴重だぜ。
適当に作ってやってロイさんに渡した。
「いい匂いだ」
柔らかく微笑む顔を見ただけでロイさんと出会った価値は高い。あんちゃんと同じタイプの商人はなかなかいねーからな。
「……いくら出せばいい?」
突然真面目な顔になりオレを見てきた。
「いらねーよ。これは治験、治験ってわかるかい?」
「ああ。ばば様から聞いている。薬の効果を知るための試しだろう?」
ばーさん、この隊商に所属している薬師っぽいな。
「ねーちゃんに飲ませたものはエクルセプルと言って、神の雫とか呼ばれているものの完成形だ」
「……か、神の雫だと……」
へー。よく知ってること。それもばーさんから聞いたのかな?
「ああ。ただ、完成形と言ってもどんな怪我に、どんな病気に効果があるか、そして、どんな後遺症が出るかわかんねー。エクルセプルには竜の血が使われている。そのせいで寿命が延びるって後遺症も出ている」
「寿命が延びることが後遺症になるのか?」
「自分の周りが死んでいって結構くるもんだぜ。長く生きる分、金もかかる。生活する場を用意する必要もある。商人なら生きるってことは金がかかるってわかんだろう?」
金勘定から人生を見るのが商人だからな。
「……そう、だな。長く生きることと幸せになることは違うな……」
「そーゆーこった。あのねーちゃんはロイさんの妹かい?」
似てはいなかったが。
「三番目の嫁だ」
………………。
…………。
……。
はい?
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