第1647話 天元突破

 少年がねーちゃんと言うから十二、三歳かと思ってたらがっつり二十歳を過ぎているねーちゃんだった。


「かなり前から病に冒されてんのかい?」


 やつれ具合から一月は余裕で経っている感じだ。


「冬の始まるくらいに心の臓が痛いと言ってね、徐々に歩くのも辛くなり、一月前からは起き上がるのも大変になったよ」


 ねーちゃんの脈を計り、目の瞳孔具合を確かめる。


「食うのも大変かい?」


「ああ。今は飲み込めるものしか口にできないよ」 


「あんたの見立ては?」


「心の臓を悪くしておる」


 なんだ。ちゃんとわかってんじゃん。ヤブとか言ってごめんなさい。


 足を見せてもらうと、むくみができていた。


「心の臓の病気はいろんなもんがあるが、オレも医者じゃねーんで細かいことはわからねー。治すとしても外科手術、体を切って縫い合わせる方法もある。が、まずそんな技術を持っているヤツは一人か二人しかいねーだろうな」


 その一人は先生だ。人を切るのも縫うのも超絶だったよ。いったい何千と試したのやら。マッドはコエーよ。


「次に治すとしたらよく使われている回復薬を使う方法だな」


「あれは傷を回復するものだ。病気は治らんぞ」


「心臓病は一種の怪我だ。もちろん、違うのもあるが、このねーちゃんは心臓は正常に働いてねーことで起こっている。なら、わざと傷を作って回復していく手がある」


 人には試したことねーが、ゴブリンや魔物で試したことはある。先生も有効な手だな、とは言っていたよ。


「まあ、これも患者にも家族にも不評だ。あまりやらねーほうがイイな」


 オレはやってみてーけど、それは魔女さんたちにやってもらおう。そのためにそばかすさんに聞かせたんだからな。


「第三の手があると?」


「オレは薬師だ。薬で治せねーとか立つ瀬がねーってもんだ」


 すべてを治せるとは大言は吐けねーが、無理と投げ出せるほとテキトーに薬師はやってねー。オババの名を辱しめることはできねーさ。なんて名前かすぐには出てこないけど!


「本当に尊敬しているんですよね?」


 してるしてる。してるって。名前じゃなく教えに尊敬してんだよ。


「オレのオカンも心臓を患って危うく死にそうになったが、オレが治した」


「……まさかとは思うが、竜の心の臓を食わせた、とか言わないよね……?」


 普通どころかかなり優秀な薬師じゃん。そこに辿り着くんだからよ。並の薬師ならお伽噺と流していることだ。


「そのまさかだ。うちのオカンは飛竜の心臓を食わせて治った」


「…………」


 あんぐりと口を開ける魔女の弟子。師匠は破天荒なヤツじゃなかったんだな。


「いや、師匠がどうこうより弟子のほうが破天荒なだけですよね」


 不本意ではあるがオレが破天荒なのは認めよう。ただ、もっと破天荒なのは先生のほうだけどな。いや、アレは破天荒ってレベルじゃねーな。天元突破だ。


 無限鞄からエクルセプルが入った箱を取り出した。


「……神の雫を作ったと言うのかい……」


「その名を知ってたかい」


 神の雫、命の水、竜薬といろいろ呼び名はあるが、エクルセプルは先生がつけた名前だ。


「薬を学ぶ際に出てくる名だ。伝説でありながら必ず言い伝えられるものだ。その煎じ方もね」


「ただ、その効力を閉じ込めておく法は伝わってねーかい?」


「結界魔法で閉じ込めるそうだが、効力を完全に閉じ込められてはいないと聞く。お前さんはどうやって閉じ込めたんだい?」


「オレの特殊魔法だな」


「つまり、お前さんしか使えないものなんだね」


 本当に優秀な薬師だ。ただ、その腕に見合う環境がなかった、って感じだな。


「これを使わせくれるならタダでイイ。どうだい?」


「なぜ、と訊いても?」


「神の雫、いや、このエクルセプルは謎が多い。すべての病気に効くかどうかわかってねー。薬師としては効果のわからねーものを飲ませるのはできねー。だが、飲ませなくちゃ効果がどんなもんか知るよしはねー」


「治験がしたいってことだね」


 言いたいことを瞬時に理解してくれる。もっと若ければ叡知の魔女さんに紹介したいところだ。


「そういうことだ。どうする?」


「飲ませてあげておくれ。どのみち死ぬしかなかった子だからね」


 取引は結ばれた。では、ねーちゃんに飲ませるとしましょうか。

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