第1636話 生け簀

 もっと食いたかったが、安全のために焼いた分だけで止めといた。


「なんもなかったらミドギドを増やしてーな」


 これだけ旨けりゃ食卓も豊かになる。分厚いステーキとかヨダレもんである。


「おう。増やせ増やせ。もっと食いたいからよ」


「わたしももっと食べたい!」


 公爵どのもレディ・カレットもミドギドに虜になっちまって。てか、イイもん食ってねーのかよ。公爵だろうが。


「お前んとこが異常なんだよ」


 うん。そうですね。うちには料理のスペシャリストがいますし。


「増やすのはいいとして、こいつが外の世界に馴染めるかだよな?」


 ある意味、環境が整った場所で何千年と生きてきた存在だ。この星の空気や菌、ウイルスなんかに抵抗があるとは思えねー。出したら即ご臨終ってこともなきにしもあらず。いきなり放り出すなんて無謀でしかねー。


 まずは隔離した空間で繁殖させる、のはイイとして、エサはなんだ? この世界のものを食わしてもそれはいきなり放り出すのと同じことだ。なにか拒絶するものがあったらやはりご臨終だ。


「……難しいな……」


 そもそもどんな環境で、どんなエサを食ってたかもわかんねーんだから、増やすうんぬんなんて話にならねーんだよな。


「まずは、姫さんや兄貴に訊いてみるか」


 管理長さぁ~ん。姫さんたち呼んでおくんなまし~。


 水輝館の下に造った場所に姫さんや兄貴、あと何人か呼んでもらった。


「ミドギドの飼育ってわかるヤツ、いる?」


「いえ、ミドギドは外で放し飼いをしていたので、飼育と言われてもわかりません」


「よくそれで死ななかったな? じゃあ、エサはなにをくれてたんだ?」


「ミドギドは環境に馴染むよう改造された生物で、エサは自動給餌してました」


 宇宙を移動するならわざわざ人の手は使わねーか。


「じゃあ、ミドギドは肉食か? 草食か? それとも雑食だったかはわかるか?」


「基本は肉食だ。昔は魚を食べていたそうだ」


 それならオットセイと生態は似ているか? 魚とかイカとか食っていたと記憶しているし。


「……環境に馴染むってことに賭けるしかねーか……」


 人魚の科学力は星を渡るほど。そして、人魚はこの星に馴染み、繁栄しているし、この星の生き物を食っている。てか、姫さんや兄貴は外の空気に触れてピンピンしている。人魚もなにか遺伝子操作された生きもんなのかもしらねーな。


「姫さんたちって、ミドギドを捌いて食ったことはあるのかい? 生で?」


「いえ、ありません。すべて加工されたものを食べていました。野菜をそのまま食べたのはここに来てからです」


「食えたのか?」


「はい。あんな美味しいものを食べたのは初めてです」


 やはり人魚は遺伝子操作とかされてんな。環境に適応できるとか、普通の生きもんには無理だ。


 いや、魔族も別大陸に来て生きているし、生きもんて案外強いものなのか?


 ……この世界、いろんな種族がいてわけわかんねーよ……。


「しゃーね。まずは暮らしていた水の中で飼って、グラーニでもくれてみっか」


 とにかくなにかくれねーと死んでしまう。胃になにも入ってねーんだからよ。


「よし。クレイン湖に生け簀を創ってそこに放つか」


 さすがに水輝湖でやるのは公爵どのにワリーしな。クレイン湖でやるとしよう。


「人魚のメイドとクレイン湖に移り住んだ人魚を何人か集めててくれ。博士に伝えたらいくからよ」


「畏まりました。すぐに伝えます」


 はい、よろしこです。


「姫さんたちの中からも人を出せ。ミドギドを飼育してもらいてーからな」


 これからこの世界で生きていくんだ、生きる術を身につけなくちゃならねーんだ、まずはミドギドを増やすことから始めろ、だ。


「んじゃ、博士のところにいってくるわ。姫さんたち、よろしくな」


 そう言って、博士のところに向かった。

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