第1632話 役割

「お兄様!」


 水輝館に来ると、王女様が水中から飛び出してきて兄貴にタックルした。


 ……淡水人魚も容赦なくつっこんでくんのな……。


 五トンのものを持っても平気な体を持ったオレですら内臓が口から飛び出しそうになんのに、兄貴はしっかりと受け止めた。男も体が凄いんだな。


「いや、お兄さん、表情が苦痛に歪んでますよ」


 よく見たら王女の兄貴の顔が若干青くなっているような? あ、人魚でもあのタックルは厳しいんだ……。


「……メイ。無事でなによりだ……」


 兄貴の鑑と言うべきか、なんとか昇天しそうな意識を繋ぎ止め、絞り出すように言葉を出した。立派すぎて涙が出そうだぜ……。


「はい。べー様や皆様によくしてもらいました」


「あ、オレ、ヴィベルファクフニー・ゼルフィング。皆からはべーと呼ばれてるよ。あんたもべーと呼んでくれ」


「わたしは、アルセーヤだ。王族から抜けた身。敬称は不要だ」


「なんで王族から抜けたんだ?」


 てか、抜けられるものなのか? あの閉ざされた世界じゃ追放とかあるとは思えねーし。


「あそこから逃げ出すことを王に進言して疎まれ、身分を剥奪されたのだ」


「お兄様は投獄されましたが、脱出派に助けられてわたしたちを導いてくれたのです」


 王女さんからの追加情報。


「まるで英雄だな」


「はい。お兄様は英雄としてわたしたちを導いてくれました」


 なんだ、王女さんはブラコンか? まあ、こんな兄貴がいたら頼りになるだろうけどな。


「わたしは、英雄ではない。ただ、無力な男だ……」


 いろいろ絶望して、葛藤して、それでも捨てられない思いを叶えるために突き進んだんだろう。立派としか言いようがねーな。


 だが、褒めても逆効果。褒めれば褒めるほど自分を責め立てることだろうよ。


「いつまでもウジウジしてんじゃねー!」


 バン! 兄貴の背中を叩いてやった。


「望みは叶えた。未来を繋げた。なら、過去に捕らわれるな。前だけを見て、落ち着けたら昔を懐かしめばイイさ」


 兄貴も王女さんもまだ若い(と思う)。未来があるのだから今は過去を振り返るな。我武者羅に前へ進め、だ。


「管理長さん。食事をさせてやってくれ」


「はい。ただ、野菜だけでは栄養が足りてないようで、お肉も出したのですが、あまり口に合わないようです」


「南の大陸の人魚もか?」


 あっちはなんでも食ってなかったっけ?


「いえ、ここの人魚だけです」


 長いこと閉じ籠っていて、ミドギド以外受けつけなくなっているのか?


「とりあえず、豆で作ったものを食わせておけ。たぶん、カイナーズホームで売ってっと思うからよ」


 豆腐が売っていたのは見た。誰が買うかは知らんけど。


「畏まりました。メイドを向かわせます」


「それと、カイナーズからセーサランを解剖したことがあるヤツを何人かここに連れてきてくれ。解剖したいものがあるんでな」


「お急ぎですか?」


「いや、ちょっと疲れたから寝るんで、明日くらいで構わねーよ」


 今日は早く寝て明日に備えたいよ。


「公爵どの。以上で人魚問題は片付けられた。あとのことは任せるよ」


「あの船は問題ないんだな?」


「絶対にねーとは断言できねーが、公爵どのが生きている間は大丈夫だ。公爵どのの孫辺りになるとわからんがな」


 不穏分子が抜けたから事態を収拾するのにてんやわんやで、外に意識なんて向けてらんねーだろうよ。


 ただ、船の機能が止まり、生死がかかればどうなるかはわかんねーがな。


「……孫の代か……」


「次期当主をよく教育して、歴史をしっかり残しておくんだな。子孫のためによ。もちろん、大図書館もだからな。しっかり報告書を作っておけよ」


 委員長さんを指差して厳命しておいた。


「……どう報告したらいいのよ……?」


「見たままを書いておけ。考察は他の魔女にでもやらせておけばいいんだよ」


「べー様はやらないんですか?」


「オレは他のことをやります」


 宇宙生物、ミドギドの解剖を、な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る