第1628話 斜め四十五度
「どっから入んねん?」
球体を一通り調べたが、出入口がどこにもねー。てか、繋ぎ目もねー。完璧と言ってもイイくらいの球体であった。
「レイコさん、ちょっと中を見てきてよ」
ミチコさんところの宇宙船も通り抜けられたんだからこの球体も通り抜けられんだろうよ。
「幽霊の扱いが酷い人ですね」
九割近くオレに憑いているだけだよね? 酷い扱いしたことがあるなら言ってみてよ。
「わかりましたよ、もー」
背後から出てきて球体の中に入っていった。
「ねぇ、べー。これはなんなの?」
「オレにもわからんよ。オレらの発想とは別の発想で生まれて、何千年何万年もかけて進化していったものだからな」
「それがわかるお前の発想も飛び抜けているがな」
「それは人の中で暮らしているからだ。いろんな種族と付き合えば多少なりとも理解できるよ」
体の作りからくる生活の違い。食うものからくる違い。環境による思想の違い。よくこの星にこれだけの知的生命体がいて繁栄してきたと思うよ。誰かの意思が、いや、神と言う超常の存在が関わっているのかもしんねーな。
「カバ美、どうした?」
なにかカバ美が球体を見詰めている。あ、表情とかで読み取るとか無理っすから。
「わたしは、マーガレットよ!」
マーガレットと書いてカバ美と読む、とかだろう。わかってるって。
「べーは一度、斜め四十五度で殴られたらいいいと思うよ」
オレは昭和のテレビか! いや、産まれたときはもうカラーな世代だったわ!
「で、どうした? したいのならあっちの陰でしてこいよ」
お前には結界で包んでいるだけ。漏らしてもパンツが濡れるだけだぞ。いや、パンツ履いてっか知らんけど!
「あんた、デリカシーがなさすぎるわよ!」
デリカシーとか初代さんに教わったか? ってことは、初代さんの思想や思考で育ってきてるわけか。道理で人間臭いとこあると思ったよ。
「じゃあ、なんだよ?」
「……なにか、見たような記憶があるだけよ……」
三百年前、ではねーな。デジャブ、とかでもねー感じだ。なんだ?
「──べー様。カバ美さんと同じカバさんがたくさん透明な箱に入って眠ってました。ただ、いくつか骨になっている方もいましたね」
骨になっているカバ、標本として欲しい! とかは横に置いといて、だ。
「なるほど。コールドスリープか」
宇宙船だもんな。長い航行を考えたらコールドスリープがあっても不思議じゃねー。外敵に追いやれていたなら次の住み処なんて探している暇なんてねーしな。
「ベー。そのコールなんとかはなんだ?」
「魔法で時間を止めて、何百年何千年後に目覚めることをコールドスリープって言うんだよ」
「そんなことしてどうするの? 何百年何千年後に目覚めたって、起きたら普通に歳を取るんでしょう?」
「んー。なんて説明したらイイかね? まあ、今の技術じゃ治せない病気でも何百年後かは発明されてるかもしらねーとか、天変地異で住めなくなったから何千年後に目覚めれば鎮まっているだろう、とかだな」
宇宙の広さを語ったところで公爵どのやレディ・カレットには理解できねーだろう。まだこっちのほうが理解できんだろうよ。
「お前はほんと、変なこと知っているよな」
「たぶん、バイブラストの書庫を探せば似たようなことが書かれたものがあると思うぞ。領都の地下にあるものも天地崩壊前に創られたもの。もしかするとな、バイブラストの先祖も星の向こうから来たのかもな」
転生者も関わっているのだろうが、リオカッティー号は宇宙船だ。なら、宇宙に関わる何者かがいたはずだ。それなら記録していたって不思議じゃねーよ。
「レイコさん。目覚めているのはいたか?」
「いえ。ミチコさんより小さな魚は泳いでましたよ」
「なら、そいつがコールドスリープを管理してんだな」
船からエネルギーを供給してんなら船が停止したら死んでしまうな。球体の中にエネルギー発生装置があるなら別だけどよ。
「諦めるしかねーな」
「起こせないの?」
「無理だ。仮に起こせたとして、地上で生きられるかどうかもわかんねーしな」
カバ子やカバ美が生きているから問題はねーかもしんねーが、元の星にいたままの体で眠っているならこの星の環境に慣れるかどうかはわからねー。無理して起こすより眠らせたままにしておくほうがイイだろうよ。
それで死ぬならそれがカバたちの運命だったってことだ。助けてくれる者が現れると信じてそのまま眠っていろ、だ。
「助かりたいと願う者だけ地上に連れていくとしよう」
いつ船が死ぬかもわかんねー。さっさと目的を果たして地上に帰るとしよう。
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