第1600話 姉

 男に案内されたところは、秘密結社の幹部が悪巧みしてそうな薄暗い部屋だった。


「暗いな」


 結界灯を創り出して部屋を昼間のように明るくしてやった。


 そこにいた老婆たちが眩しそうに目をすぼめるが、「目がぁ~目がぁ~」と悶え苦しむ者はなし。まあ、この世界の吸血族は太陽の下で生きる種族だけどな。


 部屋にいる老婆は六人。どいつも七十歳は余裕で超えているだろうか? 六つ子のばーさんを見た経験(1115話)があるとインパクトに欠けるな。


「おば上方、お久しぶりです」


 ってことは親父殿の血縁者か。よくよく見れば似て……るかな? よくわからんわ。


「ええ。そうね。あなたが飛び出していった日を今も忘れないわ」


 そう口にしたのは正面にいる白髪の老婆だ。


 座席の配置からしてこの中で一番上、と言ったところだろうか? 普通の老婆にしか見えないがな。


「冒険者を辞めて結婚したそうね」


 次に声を出したのはオレから見て右側、一番端に座る老婆だ。この中で一番若い。赤毛であり、六十を過ぎたくらいに見える。


「はい。母上。愛すべき人と結ばれました」


 母上? この人が親父殿の母親か。髪の色しか似てるところがないな。親父殿は父親似か?


「……そうですか」


 母親の顔を見て微笑んだ。


 孫のことを口にしないところを見ると、仕入れた情報には数ヶ月の差があるようだ。


「ヴィベルファクフィニー様」


「様なんていらねーよ。ベーと呼んでくれ。血は繋がってはねーが、まったく関係なくもねーからな」


 身内、と呼べるほど深くはねーが、遠い親戚くらいの関係だろうよ。


「そうですね。では、べーと呼ばせてもらっても?」


「それでイイよ。もうベーが本当の名前みたいなもんだからな」


 親ですらベーと言ってんだからヴィベルファクフィニーのほうが間違ってると思えてくるよ。


「わたしは、ライニエス。ゼルフィング家の当主をやらせてもらっている。ちなみに四女だ」


「十二人いる姉妹も今はこれだけか」


「ああ。わたしらは人だからね。どうがんばっても百年は生きられないよ」


「……純血の?」


「その問いが出るということは、ゼルフィング家のことを知っているということかい?」


「すべてはわかんねーが、あんたらの後ろにいる者の予想はついている……」


 あ、先生の名前、なんだっけ? プロローグだっけ?


「なんの序章ですか? プリグローグですよ。正式には、プリグローグ・バウエン・シャルドナークです」


 え、先生、そんな名前だったの!? 五秒後には忘れそうじゃん!


「……プリグローグ・バウエン・シャルドナークと言う名に聞き覚えは?」


 ふー。なんとか四秒内に言えたぜ。


「プリグローグと言う名に覚えはないが、バウエン・シャルドナークには覚えがある」


「やはりな。先生の姉がこの大陸にいたか……」


 前に一度、歳の離れた姉がいると言っていた。


「魔大陸にいる先生がなぜこの大陸のことに詳しいんだろうと疑問だったが、その姉がいたからか」


 レイコさんは聞いたことあるか? その姉のこと?


「ご主人様が個人的なことを言ったのはべー様だけですよ」


 まあ、友達いなさそうだもんな、先生は。


「そんなご主人様と付き合えるべー様は変態ですよ」


 褒めてんのか貶してんのかはっきりしろや。いや、あの先生と付き合えている時点で非難されても仕方がねーけど! 


「あんたらはねーちゃんに気に入られた一族か」


 先生も好んだ血は途切れないようにしていたっけ。オレには理解不能だが、吸血界ではグルメなほうなんだってよ。


「我らの血を捧げることで一族が繁栄してきた」


「別な言い方をすれば飼い慣らされてきたってことだ」


 それがわからねーはずはねー。それでも先生のねーちゃんの下についたのは利があったからだろうよ。ハイニフィニー王国は厳しいところだしな。


「あんたらを非難するつもりはねーよ。この厳しい世界で生き残るための方法だからな。だが、その生き方はオレの邪魔になる。ワリーが潰させてもらうぜ」


「ああ。全面的に降伏しよう。ベーの好きにするといい」


「じゃあ、今このときより伯爵の地位は剥奪する。そして、親父殿をゼルフィング家当主とする。すべての血縁者は親父殿の下につけ。異存は?」


 席に座っていた老婆たちが立ち上がり、一斉に頭を下げた。


「ありません。ザンバリットの下につきます」


 よし。これで双子の未来は守られたぜ。ふー。

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