第1594話 アマリアからマリアに改名
釣りキチサンペーさんを読み終わり、暖炉の前でのんびりコーヒーを飲んでたら親父殿がやっと来た。
「もうイイのかい?」
二時間も過ぎてねーと思うけど。
「昔馴染みではあるが、そう親しい関係でもない。あれで充分さ」
そうか。まあ、これから長い付き合いになるんだからゆっくりやっていけばイイさ。
「少し休め。旅の疲れを残したままじゃ大事な局面で失敗すんぞ」
元冒険者とは言え、引退して時間が経っている。感覚が鈍っている上に実家との対面。精神的負担は相当なものだろうよ。
「お前はなんでも見透かすな」
「なんでもは見透かさねーよ。見えることだけだ」
事実、ゼルフィング伯爵が裏からハイニフィニー王国を操っているってことくらいしか知らんし。あとは妄想でしかねー。
「親父殿は親父殿の思うままにしたらイイさ。後ろにはオカンや双子、オレらがいんだからよ」
なに一つ恐れる必要はねー。
「ここは安全だ。そこの転移結界門から館にも戻れる。精神と肉体を万全にしろ」
「……旅を台無しにするヤツだよ……」
「アマリリスにも言われたな」
「アマリアだよ! 長くなってんじゃねーか!」
あれ? アマリリスじゃなかったっけ?
「じゃあ、マリアって改名しろよ。それなら覚えられっからよ」
マリアならシンプルで覚えやすいし、よくある名前だからな。忘れ……ねーと思う。
「そうだな。家を捨てるなら名前を変えたほうがいいかもな。アマリアと話し合おう」
あれ? 本当に変えちゃう系? マジ?
なんかとんでもないこと言っちゃったかもしんねーが、アマリアもマリアもそう変わりねー。
「変わりあるから名前を変えろと言ったんじゃないですか」
………………。
…………。
……。
「マリア。イイ名だ。きっと聖母になるだろうよ」
子どもが神様になられるのは困るが、イイ母親になれることを切に願っておくよ。
「あいつが聖母ね? 一生独身でいそうだがな」
「それならそれで構わねーさ。結婚が幸せの最終目的地じゃねーしな。自分が満足できる人生を歩めたらそれがイイ人生さ」
まあ、結婚できたらそれはそれでイイかもしれんがな。
「館にいってくるよ。シャニラや双子に会いたいしな」
「会ってこい会ってこい。使える力や状況はどんどん利用しろ。守るものを失わないようにな」
取り返しのつかない状況になる前に失わない状況を作ってしまえ。二度、失ってしまった男からの教訓だ。
「……ハァー。これじゃどっちが父親かわからんな……」
「家族を守ってきた時間はオレのほうが長いんだ。ぺーぺーの父親に負けてられねーよ」
まあ、守ってきたって言っても六年くらいだけどな!
「今はまだ見えるものを守ってたらイイ。見えねーものはオレが守ってやるし、創り出してやるからよ」
そのためのヤオヨロズ国であり、ゼルフィング伯爵を潰す理由である。
「すべての罪を自分だけで被ろうとするなよ」
「丸投げした責任を持っているだけだよ」
罪を犯しているつもりはねーし、罪悪感などこれっぽっちも持ってねー。だが、悪名だけはオレが被ってやるさ。
「なら、ゼルフィング家の責任はおれが持つ。お前が帰る場所を守る。好きなことを好きなだけするといい」
まったく、イイ男でありイイ父親である。一生かかっても勝てねー存在だよ。
「ああ。オレは好きなように生きるよ」
イイ人生になるために。家族を守るためにな。
親父殿が転移結界門を潜ったら、控えているボーイに目を向けた。
「戦闘ボーイを三十人くらい呼べ。ゼルフィング家とゼルフィング伯爵との戦争だ」
スローなライフに不似合いな言葉だが、人生には戦わなければならないときがある。失ってはいけないものがある。それが今だ。
「ハッ! すぐに集めてきます!」
ボーイに任せ、オレは暖炉の前に戻ってワンツーな三四郎を読み出した。
「なぜに?」
ボルテージを高めるためさ。あ、プライレスな3四郎のほうがよかっただろうか?
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