第1582話 一ミリも出てこねー
「朝食が終わったら場所を移そう」
と言うので朝食を終えたら……なんだっけ? この商会長さん?
「覚える気がないんですから商会長さんでよろしいのでは? 忘れた方は一つ前の話に戻ってください」
誰に言ってんのよ? オレに見えない誰かでもいんの?
「べー様の大きなお友達さんたちですよ」
あ、うん。そうですか。じゃあ、しょうがないね。大きなお友達は大切にしなくちゃならないしね。うんうん。
商会長さんに連れられて来た場所は、屋根のある市場だった。
「……屋根があるんだ……」
日差し避けで幕を張ることはあるが、木材で造った屋根持ち市場など初めて見たぜ……。
「雪が深い地なんでな」
「雪下ろしとか大変そうだな」
これだけの雪だ、毎日何回も雪下ろししないと潰れてしまう。維持管理費も大変そうだな。
「屋根に仕掛けた鉄の棒を魔術師に熱してもらっている」
「へー。なかなか賢いことやってんだな。雷を使う魔術師かい?」
「……よく、わかったな……」
「鉄は雷を通し、熱を溜めるからな」
元の世界ならいざ知らず、この世界で考えつくとか天才だろう。名の知れた魔術師なのか?
「雪を掻くなら風のほうがイイぜ。回転させる方向を操作すれば並みの魔術師でもできるぜ」
並みの魔術師がいたら、の話だがよ。
「ここに食料を出せばイイのかい?」
この時期になにを売るんだか想像できんが、使っている気配があった。
「ああ。頼む」
「かなりの数があるから場所を空けてくれっかい」
所々ある屋台を退けてもらい、カイナーズホームで買った食料品を出していった。
さすがに元の世界の食料品を出しても使えるわけもなし。なので、主に穀物類を中心に買い、塩、黒糖、蜂蜜、味噌、樽に入ったものや陶器に入った、この世界に出しても違和感のないものを買ったのだ。
ワインも樽のを中心に三十樽ばかり買った。ラベルを剥がした瓶は百本は買ったかな?
カイナーズホームで買ったものの半分にも満たないが、市場の広さからこれが限界だった。
「王弟さんとのよしみで金貨五十枚で売ってやるよ」
他国からこれだけの量を運んでくるだけでも金貨十枚の費用はかかるだろうし、仕入れでは金貨二、三十枚はかかるだろう。
まあ、それは雪のないときに、数回に分けて運んだ場合。一度でこれだけの量と質なら金貨百枚でも安いくらいだろうさ。
これは王弟さんの名を高めるためのもの。王弟さんの功績を増やしてやればオレとの関係も太くなる。そうなればハイニフィニー王国で勝てるヤツはいなくなるだろうさ。
まあ、そう単純にいかなくとも王弟さんがこちらの味方になってくれるなら心強い。さらに商人たちも味方に引き込めたらどんな権力を持っていても強権は使えねーはずだ。
「……それはありがたい。すぐに用意しよう」
「なに、そう慌てなくても構わんよ。王弟さんのことは信用してるからな」
その信用を裏切るなら好きにしたらイイさ。そのあとが考えられるなら、な。
「いや、すぐに用意しよう。ただ、王貨も混ざっても構わないだろうか?」
「構わないよ。カムラ王国でもそれで払ってもらったから」
あ、そういやまだ、カムラで王貨もらってなかったっけ。そのうちもらいにいかんとならんな。
「……助かる」
そう言うと、商会のお偉いさんたちを集めて分配をどうするか話し始めた。
その間にオレらはコーヒーブレイクをしましょうかね。
テーブルを出してコーヒーを用意し、商会長さんたちの動きを見守った。
「……人の世とは変わらぬものよな……」
静かに見ていた鉄拳が、芋焼酎を飲みながら呟いた。どっから出したんだよ?
「ドレミに出してもらった」
いつの間にか美女型メイドになっているドレミさん。合体したのか?
「幼女型では不審に思われるので」
「この面子で不審もなにもねーけどな」
ちなみにレイコさんはユウコさんの体に入って芋焼酎のお湯割りを飲んでます。いや、ユウコさん、飲めるかどうかわからんのだから無茶しなさんなや。
「──べーくん!」
と、十六、七歳くらいのねーちゃんが駆けて来た。
「誰ですか?」
「王弟さんの娘だよ。名前は一ミリも出てこねーがな」
「胸を張って言えるようなことではないでしょう。まあ、いつものことですが」
それを言ったらお仕舞いよ。
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