第1581話 マイセン・オードリル

 宿の食堂で旨い朝食をいただいていると、五十手前くらいの男が現れた。


 着ているものは珍しく毛皮で、質のよいものだ。大きい商会の主、ってところだろう。


「食事中、失礼するよ」


「構いませんよ。どうぞ」


 食堂には六人用のテーブルが二つあり、その一つをオレたちが使わせてもらっている。一人混ざったところで狭くなったりはしねーよ。


「女将さん。こちらの方に温かい葡萄酒を」


 宿代の代わりに食料とお茶、葡萄酒で払ってある。もちろん、迷惑料とし、な。


「では、失礼して」


 男が座り、女将さんがすぐに温めていた葡萄酒を持ってきてくれた。


「ハイニフィニーではいつも葡萄酒を温めているので?」


「滅多にできないけどね」


 前の世界でもホットワインはあったが、こちらの世界にもあったんだな。知らんかったわ~。


「まあ、飲んで温まってください」


 オレらはまだ食事中。カブとキノコのシチューがうめー。旨味成分、ダダ漏れすぎだろう。


「旨い葡萄酒ですな」


「生憎わたしは酒が飲めないので良し悪しはわかりませんが、そのていどの葡萄酒でしたらいくらでもあるのでお安く融通しますよ」


 ミニ樽に安いワインを入れて大きくな~れ。銀貨一枚で売っても笑いが止まりませんがな!


「どこの悪徳商会ですか」


 アバール商会。


「アバールさんにぶん殴られますよ」


 ちゃんとあんちゃんには謝っておくよ。ごめんちゃい? って。


「さらにぶん殴られますよ」


 殴られるのはいつものことさ。ってか、オレの周り暴力的なヤツらばっかりだな。


「自業自得です」


 暴力反対。ブーブー。


「……魔法の鞄をお持ちとか?」


「ええ。ちょっとした隊商を組めるくらいの容量のを持っています」


 普通は隠すものだが、それは襲われる恐れがあるから。だが、オレがいて鉄拳がいてドレミやいろはがいる。


 強盗の百人や二百人、捕まえて強制労働の刑にしてやるわ。


 自信満々に言うオレに少したじろぐものの、大きい商会の主であることを証明するかのように、すぐに動揺を隠した。


「たくさんお持ちなら是非ともお譲りいただきたいですな」


「一人占めして恨まれないのならいくらでもお譲りしますよ」


 外にはまだ人が大勢いる。この男にだけ売ったら暴動が起きるぞ。


「いや、それはさすがに不味いな。今年はアニバリ様が動いてくれたので冬の蓄えはできたが、それでも食料は足りてはいない。買えるのならあるだけ買いたいのだ」


「王弟様は優秀なんですね」


 他国に食料調達に出る王族とか、この世を探しても……結構いそうだな。飛空船で冒険したり村人の前に堂々と出てくる皇帝アガットがいるんだしな……。


「……アーベリアン王国の商人ですかな?」


 あれ? 悟らせるようなこと言ったか? 


「なぜ、わかりました?」


「これでもハイニフィニー王国では名の知れた商人。アニバリ様の前に立ったことはあります。東の大陸の商人とも顔を会わせています」


 あーチャンターさんにハイニフィニー王国にいくよう言ったっけな。山国だが、河は広く、深さもあるから魔道船でも昇って来れるのだ。雪が降らなければ、だけとよ。


「その話の中で、アバールと言う商人の名も聞きました。小心ではあるが商売には大胆になれる男と聞いています」


 チャンターさん、あんちゃんのことよくわかっている。


「あなたは誰ですか?」


 スゲーな、この人。オレがあんちゃんでないことをここに来る前にわかっていたっぽいぞ。


 結界を解き、本当の姿を見せた。


「オレはべー。正式にはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。ゼルフィング商会の責任者だ。王弟さんから聞いているだろう?」


 責任者は責任を取るのがお仕事。なにもしてねーじゃんとか言わないでね。


「やはり、あなたでしたか。チャンター殿はいずれあなたが来るだろうとはおっしゃってましたが、こうも早く来るとは思いませんでしたよ」


 へー。チャンターさん、そんなこと言ってたんだ。さすが名の知れた商人を目指すだけはあるぜ。


「わたしは、オードリル商会の主、マイセン・オードリルと申します。ハイニフィニー王国を救っていただきありがとうございました」


 この人もスゲーな。ガキ相手に頭を下げるとか、会長さんみたいだぜ。


「ただ、商売を繋いで、その報酬はもらった。礼はいらないよ」


 あれ? なにもらったっけ? オレのポケットに入ってねーから忘れたわ。


「ふふ。歳に似合わぬ貫禄。聞いた通りだ」


「ただのクソ生意気なガキさ。気軽にベーと呼んでくれ」


 敬われる立場じゃねー。雑に扱ってくれて構わねーさ。

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