第1569話 この世の地獄

 殴り合いは三十分は過ぎた。


 皆さんは忘れているだろうが、オレの右手首にはタケルからもらった腕時計型通信機をしています。元日本人として時間が知れるのは落ちつけるんですよ。いつもは忘れているけど。


「べー。飽きてきたわ」


 オレも気持ちは同じだよ。早く終わってくんねーかな。あーコーヒーうめー。


「余裕やな」


「余裕ではねーよ。油断したら結界が破られそうだわ」


 結界パンチで殴り合ってるからコーヒーを飲んでられるが、生身で殴り合いしてたら鼻血ブーになっているところだよ。


「しかし、底無しだな。閉じ込められてたってのによ」


 スーパーハイエルフに変身した筋肉マッチョ。ハイエルフに神秘的な妄想をしているヤツには見せられんな。


「ハイエルフってなんなの? エルフは変身したりしねーぞ」


「そう言えばご主人様が言ってました。ハイエルフは二回変身できるって」


 どこの侵略宇宙人だよ? つーか、よくそんなのを閉じ込めたな。まあ、それを可能とする人外はいっぱいいるけどよ。


「ん? 攻撃が止んだ?」


 肩で息をするスーパーハイエルフマン。息を整えたらなんか叫び出した。あ、音を遮断してるので聞こえませーん。


「最終形態に変身するんとちゃうか?」


「スリムになるのか?」


 どうなるん? て眺めてたらスーパーハイエルフマンが光った。眩しっ!?


 光が消えたら……細身の、十歳くらいの美少年になった。


 ……あ、これはヤヴィヤツだ……。


「──むっふぅぅぅぅぅぅっ!! 美少年でござるぅ~っ!!」


 美少年ハイエルフの背後にエリナ、骸骨嬢、白いエルフの腐嬢三姉妹が出現した。


「うふふ。可愛い子ですね」


「ハイエルフの究極形態。久しぶりに見ましたが最高です。うへへ」


 よし。撤退しよう。


 即決即断。転移バッチ発動。教会へゴー! で逃げ出しました。オレ知ーらねー。


 教会前に出現。気持ちを切り替えて教会に入って眠りにつきました。明日はイイ日になりますように。すやすやー。


「なかったことにしてんじゃないわよ」


 男の娘なインキュバスに頭を蹴られたが、オレは熟睡中なので気づきません。


「狸寝入りしてんじゃないわよ! ちゃんと事態を収拾しなさいよね!」


 オレは関係ないもん。知らないもん。熟睡してるんだから邪魔しないでよ。


「ドレミ。そいつを運んで。マスターの命令よ」


「申し訳ありません、マイロード」


「裏切り者~!」


 抵抗虚しくドレミ隊に縛られ、シュンパネで連れ去られてしまった。


「どこや、ここ?」


「薔薇の間でござるよ、ヨシダ殿」


 うん。まずはオレの拘束を解こうか。てか、なんでオレを連れてくるのよ。オレ、関係ないじゃん。


「あ、ベー様、ここ天の森に繋がるリビング島ですよ」


 てことは、バイブラスト公爵領か? シュンパネでよくこれたな? 密室には入れないだろう、シュンパネって?


「創造主様が創り出した空間には瞬間移動ができます」


 説明、ありがとうございます。ついでに拘束を解いてくださると助かります。


「逃げられないから諦めなさい」


 男の娘なインキュバスがオレの心を読んで牽制してくる。


「グヘグヘ。美少年の匂いでござる」


「スベスベな肌ですわ」


「ペロペロしたい」


 なんて地獄だろう? 捕らわれた美少年ハイエルフが青くなっている。


 うん。怖いよな。オレも怖いよ。逃げ出したいよ。誰かこいつらを退治に来てください。


「べーが捕らわれた王子さまになってるわ」


「しばらく閉じ込められてたほうが世のためかもしれませんね」


 イヤン。見捨てないで。あと、オレは品行方正に生きてますから。


「あのお嬢ら、転生者か?」


「喪服の人──ではありませんが、あの方はべー様と同じ世界の人だったみたいですよ。他の方は……謎ですね」


「あぁ、腐女子ってヤツかいな」


「ヨシダさんも同じ世界の方なんですか? べー様はそう思ってますが」


「たぶんな。ワイは何百年も前にこの世界に来たがな」


「やはり、神には会ったんですか?」


「正解に言うならアレは神やあらへん。じゃあ、なんだと問われたらわからへんが、神の下にいる存在や。昔に会った転生者がそう言ってたわ」


 うん。そう言う話はもっと正常なところで話さそうよ。今はこの地獄をなんとかして!


「み、皆の衆。落ち着くでござる。美少年が昇天しそうでござるよ」


「あ、いけません。久しぶりの美少年で舞い上がってしまいました」


「昇天しそうな顔もまた可愛い」


 理性を求めながら美少年ハイエルフを囲むのを止めないこの世界の癌ども。ほんと、誰かこいつらを退治してくださいませ。

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