第1562話 霊視眼

 獄中と言うのは意外と静かなものだった。


 イメージ的に臭くて囚人たちが呻き声を立ててるもんだと思ってたのに、オレ以外いないようで、読書するにはうってつけのところであった。


「牢獄は本を読むところじゃないんですけどね。あ、次のページに移ってください」


 幽霊が横から本を読む場所でもないけどな! あと、読むの早いよ。オレはじっくり読みたい派なの。


「ドレミ。四十三巻出して」


 スライム型のドレミからなんか本が飛び出し、みっちょんがキャッチした。


「みっちょんはなにを読んでんだ?」


「三國志よ」


 はぁ? 三國志? って見たら三國志の漫画だった。君はなんてもんを読んでんのよ? オレですら読んだことねーのに。


 まあ、遠い銀河の英雄たちの伝説なら読んだことあるがな。あれは最高によかった。また読んでみたいものだ。


「おもしろいのか?」


 ざっとしか知らないが、孔明とかチョビヒゲ──ではなく、劉備とか出てきて戦争とかする話だろう? 血生臭いのをメルヘンが読むってどうなのよ?


「おもしろいわ。人の営みがありありと出てるんだもの」


 三國志ってそんな話だったっけ? まあ、オレの好みじゃねーからなんでもイイけどよ。


「わたしも読んでみたいです。ミッシェルさん、最初からお願いします」


「嫌よ。もう四十三巻なんだから。べーに読んでもらってよ」


「オレも嫌だよ。三國志、そんなに興味ねーもん」


「そうね。べーは戦って得るタイプじゃなく、人をたらし込んで世界を変えていくタイプだものね。次に繋げられない戦いは嫌いだと思うわ」


 オレは別に世界を変えたいとは思ってねーぞ。ただ、死ぬそのときまで悠々自適に、平々凡々と、悔いのねー人生を送れたらそれでイイと思ってる男。戦いなんぞに人生懸けてられるかよ。


 って考えたら確かに次に繋げられねー戦いは嫌いだな。


「まあ、いくつもある栄枯盛衰の物語。オレはオレの物語を精一杯生きるまでさ」


 別に三國志を悪く言うつもりはねー。好きなヤツには好きでいたらイイと思う。学べることがあるなら学べばイイ。ただそれだけだ。


「わたしは、そう言うのを知りたいんですよ! 読んでくださいよ!」


「オレは今、宮廷闘争物語を読んでんの。そんなに読みたきゃエリナに体を造ってもらえよ。あいつなら造れんだからよ」


「あの方に頼んだら変な機能までつけられちゃいますよ。四段変形とか嫌です」


 確かにエリナならやりかねねーな。カバ子にもいろいろ変形? 変身? よくわかんねーこと付け足したからな~。


「乗り移れる方がいるといいんですけどね~」


 あなた、憑くだけじゃなく乗り移れたりもすんのかよ。オレにやらないでくださいよ。


「べー様には乗り移れないですよ。自我がメチャクチャなんですから」


 なんだよ、自我がメチャクチャって? 人を異常者みたいに言うなや。


「まあ、ある意味、異常者ですよね。わたしが取り憑いてても気が触れないんですから」


 あなた、普通の幽霊って言ってたよね? おもいっきり悪霊のセリフですけど!


「はぁ~。どこかに乗り移れる人がいないですかね~?」


 そんなものいねーよ。いたとしても許してくれるわけねーだろうが。


 そんなこと思ってたら錆びた音がした。


「誰か来ましたね?」


 投獄されてから丸一日。そのまま放置されてるから忘れ去られたかと思ったよ。


 牢の前までやって来たのは女。ただ、顔が焼けただれており、ボロ切れで頭を隠していた。


 あまりよい待遇を受けてないようで手はしわくちゃ。栄養が足りてないから爪もボロボロ。よく生きてるなって状態だ。


「…………」


 カビたパンを牢の中に放り投げようとして、なにかオレを見て驚愕の表情を見せた。


「いえ、この方、わたしが見えてるみたいですよ!」


 え? 結界解けてた? 指定したヤツにしか見えないようにしてんのに。


「もしかすると霊視眼の持ち主じゃないですか? おそらく、べー様を通して視てるんだと思います。この方、エルフの血が混ざってるのかもしれません。霊視眼はエルフによく現れますから」


 精霊眼は知ってるが、霊視眼ってのもあったんだ。世の中いろんな特殊な眼を持ってるヤツがいる。


「べー様。この方なら乗り移れるかもしれませんよ。霊力も高そうだからわたしの霊圧にも耐えられるかもしれないです」


 言った側から適合するヤツが現れるとか都合がイイな! 


「べー様、この方を雇ってくださいよ! 上手く言ってわたしに乗り移れるように交渉してください!」


 なんて交渉すんだよ? 幽霊に乗り移られてくんね? って言うのかよ? 悪魔に魂を売れって言ってるようなもんだろうが。


「そこはべー様の口八丁でなんとかしてください!」


 口八丁とかなんで知ってんだよ?


「早く早く!」


 あーわかったよ。うっせーな。やるから少し黙っててちょうだい。


 鉄格子を「フン!」と気合い入れるまでもなく広げて外に出た。


「ワリーな。幽霊に魅了された自分の不運を嘆くこった」


 あわあわ震える女を結界で拘束し、無限鞄からミラクルハッピーな万能薬を出して強引に飲ませた。


 交渉するにも脅すにもまずは話せるようになってもらわねーと困るからな。さっさと治してしまいましょう、だ。

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