第1519話 マニエの民
「……シュヴエル……」
シューさんを見るなりまた泣き崩れる……なんだっけ?
「ミラさんですよ」
あ、そうそう。そんな響きだったよ。
「名前は響きで覚えるものじゃありませんよ」
うっさいなー。オレは響きで記憶するタイプなんだよ。音感はまるでねーけどな! カラオケとか誘われたら断ってたし。
「あの方がシュヴエル様か」
「有名なんかい? 地竜の意思を司るとかなんとか言ってたが」
「わしも詳しくはわからんが、魔人族を窮地から救ってくださったお方で、魔人族を支えてくれたそうだ」
「そんな力持ってんだ。だったら地竜も溝から救ってやれよ」
「我は不滅ではない。シャーセル・ミラシュラーがいた頃よりさらに力を失っている」
「シャーセル・ミラシュラー?」
「ミラ様のことだ。ミラは通り名さね」
「呼び難いなら最初から短くしろって話だよな」
名前をカッコよくしたい親心もわからないではねーが、誰も呼べねー名前にすんじゃねーよ。オレすら自分の名前がべーだと錯覚するときがあるわ。
「お前さんみたいに名前を雑に扱う者のほうが少数だからな」
べーと呼ぶほうが雑に扱ってるよね? いやまあ、雑に扱ってることに反論はできねーけどよ。
「お久しぶりです。またシュヴエル様にお会いできる日が来るとは思いませんでした」
「我もまたマニエの民に出会えたことを嬉しく思う」
マニエの民?
「魔大陸では魔人族のことをマニエの民と呼ばれていたと聞きます」
さすが霊体辞書。検索しなくても教えてくれるから便利。
「わたし、便利で憑かされてるんですか?」
この世に好きで幽霊を憑かさせてるほうがどうかしてんだろう。利点がなければお祓いしてるわ。
「まあ、わたしもおもしろいからべー様に憑いてるんですけどね」
憑いてることを隠そうともしなくなったら、憑いてることを主張してきやがったよ。
「お前さんらは似た者同士さね」
幽霊と似ててもなんら嬉しくねーが、まあ、レイコさんの知識はとっても便利。夜中光るのは本当に止めて欲しいけどな。
「じゃあ、オレは戻るわ。やることあるんでな。あ、委員長さんは任すわ。マニエの民同士の話もあるだろうからな」
積もる話に興味はあるが、港を創るほうが優先される。どうせ報告書として纏めるだろうからそれを読ませてもらいましょう、だ。
「すまんな」
手を振って応え、その場から立ち去り、空飛ぶ結界で戻った。
港予定地まで来たら、村の連中が集まっていた。どうしたい?
「物を売って欲しい。ここにリュケルトはいないんで、物質がなかなか入ってこないんだ」
ポニテさんの息子の……なんだっけ?
「ハルジスト一族のハジャムさんですよ」
あーハイハイ。ハジャムな。名前はピンとこねーけど、顔は覚えてるよ。
「物を売るのは構わねーが、ここって金とかあるのか?」
「ない」
だろうな。ミタさんは万能ではあるが、思い詰めると周りが見えなくなるタイプだ。村をよくしようとしか考えてねーだろう。男女間の問題とかはからっきしだろうよ。
「だが、物はある。元のところから持ってきたミレズが実った」
と、ザルを出した。
その中には赤いブルーベリーみたいなものが入っていた。いや、赤いからレッドベリーか?
「ミレズか。この地でも実るんだな」
「そこは我らの精霊術だ。大地を豊穣にさせられるからな」
そうだった。エルフにはそんな力があったんだっけな。
「イイだろう。ザル一杯を百円で買う。百円でクシ二つが買えて、二百円だと手鏡が買える」
とりあえず、昔に作ったものを取り出し、価値を野郎どもに教え込んだ。
「てか、大量だな」
一人、ザル十杯を持ってきた。精霊術、優秀だな。
「土地とミレズが相性がよいのだろう。他はあまり上手く育たないからな」
ふ~ん。そう言うこともあるんだな。なら、ミレズの生産地にすればイイかもしれんな。ミレズはジャムにも酒にもなる。奥様連中には大人気だ。
野郎どもが持ってきたものをすべて買うことにし、十円玉と百円玉で払った。
「ダークエルフならジャムに加工できるはずだからジャムを作らせろ。砂糖は渡すから」
たぶん、鍋は持ってきてるはずだし、ミタさんに言えばすぐに瓶を用意してくれんだろうよ。
「ミレズは人気があるからたくさん作れ。しばらくはオレが買い取ってやるからよ」
そのうちゼルフィング商会の支部でもおくとしよう。今は婦人が忙しいから言わないけど。
「これでシェイクでも作ってみるか」
確か牛乳は買ってるはず。旨いものを作ってやるぜ。
「港はよろしいので?」
「生きていれば常に優先順位は変わるもの。港はあとだ」
シェイクを飲みたくなったのだからしょうがないじゃない、だ。フフ。
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