第1444話 うちの風習
夜になり、親父殿が帰って来た。
「ご苦労さん。結構飲まされた感じだな」
冒険者なんてやってたから酒なんて水みたいなものになっているだろうに、見るからに酔った顔になっていた。馬車とは言え、飲酒御者はイカンよ。
「ああ。カイナーズホームの酒は酒精が高いからな、十杯も飲めば酔うよ」
ん? 葡萄酒を持たせたんだよな? ブランデーやウイスキーならまだしも葡萄酒って十数度くらいのはず。十杯くらいで酔わんだろう?
「ニホン酒も混ぜました。村の男性に人気があるので」
付き添っていた執事さんが教えてくれた。
「村にまで流してんのか。まあ、親父殿の立場がよくなるなら構わんか」
どうせ村の連中がカイナーズホームで買い物できるわけじゃねーし、祝い事にしか出さん。他に流れることはねーんだから許容内、ってヤツだ。
「親父殿。サウナにでも入って酒でも抜いてこい。酒クセーままでは赤ん坊の側に立てんぞ」
あ、うち、サウナあるんですよ。オレはそんなに好きじゃないから使ったことありませんけどね。
「そうだな。そうするよ」
「サウナでポックリ逝くなよ」
「逝くか! 不穏なこと言うな!」
ハイハイ。執事さん、よろしこです。と、執事さんに視線を向けた。
静かに一礼し、親父殿のあとを追っていった。
「そういや、トータたちはしばらくうちにいるのか?」
横で見習い魔女たちとオ○ロ合戦を繰り広げるトータに尋ねた。ちなみに、トータが全勝らしています。
……相変わらず鬼のように強い弟である……。
「うん。チャコが勉強も大事だからって春まではいる」
まあ、トータも六歳。基礎学習は必要だろうな。
文字や計算は教えていたので周りの六歳より断然賢いが、まだまだ未熟。身につけていたほうがイイことはたくさんある。これからも冒険者をやっていくなら勉強は大切だろうよ。
「またバリラに頼むか」
少し離れたところで優雅に紅茶を飲むバリラを見た。
「あの羽の生えた子?」
トータの頭に咲く花がバリラを見る。つーか、花の状態でも視力があるんだ。どういう原理で見てんだよ?
「まあ、どうするかはチャコに任せるよ。オレも忙しいからな」
のんびりしたり農業したりがスローライフではない。己の心を豊かにして、よりよい毎日を送ることもスローライフの在り方でもある。
「自分への言いわけですか?」
そうだよ! 言いわけだよ! 人生、そう楽しいことばかりじゃねーんだ、自分を偽って、誤魔化して、強がんなくちゃやってらんねーんだよ!
「なんの逆切れですか?」
上手くいかない人生にだよ!
とまあ、上手くいかない人生なら上手くいくよう動くまで。もう腐るだけの人生などノーサンキュー。金と伝手と時間を大いに活用してやるさ。
「オカンの様子はどうだ?」
近くにいるメイドに尋ねる。なんか頻繁にメイドが来て耳打ちしている。そんときにオカンのことも伝えているはずだ。
「先ほど目覚めてお子様に授乳しております」
「オカン、もう目覚めたのか」
あれから五時間くらいか? もうちょっと眠ってればイイものを。母親とは強いもんだよ。
「トータ。いくか?」
「これが終わったらいく」
相手しているそばかすさんがいかせないとばかりに睨んできた。あなた、意外と勝負事に熱中するタイプなのね。
「あいよ」
そばかすさんが怖いのでさっさと食堂を出た。
寝室まで来ると、扉を守っていた武装メイドから通常メイドに変わっていた。なんか意味あるんか?
まあ、それほど興味があるわけではねーので軽くスルー。開けてくれた扉を潜って寝室へと入った。
「オカン、調子はどうだ?」
まだ授乳中だが、そんなことに気恥ずかしくなる時代じゃねーし、サプルやトータ、他んちの子に与えているところを見てきた。あ、でも、前世の記憶をうっすら持ちながら吸ってた記憶は消し去りたいです。
「うん。少し眠ったから調子イイよ。乳の出もイイしね」
双子を両手に抱いて乳をやるオカン。母は強し、だな。
「まあ、無理すんなよ」
そう言ってサラニラに視線を向け、場所を移して話したいことを示した。
寝室の端にあるテーブルへと向かい、双子の診断書を見せてもらった。
これと言った問題もなく体重も三千グラム台。産まれてすぐに泣いたし、乳もよく飲んだようだ。
「今んところ前兆はなしか」
「前兆? なにを心配しているの?」
「いや、なんでもねーよ」
サラニラの怪訝な視線を無視して診断書を眺めた。
「転生者なのを気にしてるので?」
まーな。これまでの状況からその流れもあるかも、とは思っていたな。
オレの周りには転生者が異常なほど集まる。これは神(?)が意図的にやっているとみてイイだろう。しかも、定期的に転生させてる気配がある。なら、双子も転生者かもと思うのは自然の流れだろうよ。
「シャニラ、調子はどうだ?」
もうサウナから出てきたのかよ。ちゃんと酒を抜いてこいよな。
「親父殿。ちょっとこっち来いや」
まだ授乳してんだから邪魔すんなよ。
「なんだよ?」
「そろそろ名前を教えろや。名がねーと呼ぶのに困んだろう」
「一度も困ったことのねーヤツのセリフではないな」
「家族の名前を忘れた……ことはあるのでこれに書いてください」
無限鞄から色紙と筆を出した。
「産まれた記念に名前を書いて飾っておこうぜ」
飾ったことはねーが、名前を書くのはうちの決まりだ。だって、一回聞いて覚えられる名前じゃないんだもの。
「そうだな。うちの風習だものな」
「なんだ、知ってたのか」
オカンから聞いたのか?
「まーな。オレもお前らの名前を書いて壁に飾っているよ」
そんなものあったか? と、寝室内を見回すと、確かにあった。
「気がつかんかったわ」
「今度はわかるように食堂にも飾っておくよ」
照れ臭そうに言う親父殿。まったく、律儀な親父殿だよ……。
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