第1439話 出産

 寝室の前に来ると、椅子とテーブルが用意されていた。


 テーブルには軽食と飲み物が置かれ、メイド長さんと数名のメイドさんが控えていた。


「メイド長は中に入らないんだ」


 真っ先に、とは変な言い方だが、常にオカンの側にいるもんだと思ってたよ。


「はい。寝室には医療メイドがおりますので。余計な者は入れておりません」


 確かにサラニラやオババ、手伝いがいりゃイイ。たくさんいてはオカンも気が散るだろうよ。


「親父殿、倒れたりしてねーか?」


 どんな男も出産は衝撃的だ。立ち会った旦那が気絶したとか聞いたことあるぜ。


「はい。しっかりと奥様を支えております」


 さすが元A級冒険者。場数を踏んでると出産くらいじゃ負けねーか。


「まだ時間がかかるの?」


「出産に決まった時間はねー。どっしり構えておけ」


 ポンと産まれるときもあれば何十時間とかかる場合もある。気を張ってたら肝心なときに立ち会えねーぜ。


「サプルやトータのときに震えていた人のセリフじゃないわね」


 アレはアレ。コレはコレ、である。今のオレはドンと構えてられるのダゼ。


「……あんちゃんが……」


「そうよ。普段は不敵に笑ってるのに、家族のことになると、とたんに怖がるのよ」


 姉御。兄の威厳を壊さないでくださいませ。


「いつかトータも好きな人ができて結婚して、子どもが産まれたら家族を守れる父親になるのよ」


 まだ六歳の坊やになにを言ってんだか。でもまあ、そうなって欲しいとオレも思うよ。


「但し、家族を守って死ぬような父親にはなるなよ。生きて家族を守れる父親になれ」


 それ以外、オレは認めんぞ。


「うん! なる」


 それでこそオレの弟だ。ってか、人の弟の頭に咲いてる花! 邪魔だよ! 頭撫でてやれんだろうが! 引っこ抜くぞ!


「チャコ。人になれんなら人でいろや。トータの頭に咲いてんじゃねーよ」


 共存体と抜かすメルヘンは自立型になってんだからよ。


 ……てか、メルヘンはどこに消えた……?


「寝室にいましたよ。出産を見守ってました」


 まあ、幸運のメルヘン。近くにいてくれるなら安心だろう。って、幽霊も寝室にいってたんかい! あなたも自立型になれよ! いや、それだと浮遊霊になるの、か?


「人化は疲れるのよ。光合成もできないしさ」


 あーうん。花だしね。光合成しなくちゃダメよね。


「人化するメリットってなんだよ?」


「主に移動できて、外敵と戦うため、かしらね? 長老の話では人を栄養にして人化できるようになったそうよ」


「食人植物か!」


「失礼ね。わたしは大陽の光と水だけで生きてるわよ。あ、冒険と言うスパイスは必要だけどね」


 普通に大陽の光と水で生きてる花からしたらストレスでしかねーけどな。いや、今さらこいつに普通を説いても無駄だけどよ。


「あ、メイド長さん。コーヒーちょうだい」


 ったく。メルヘンを相手してると喉が乾くぜ。


 メイド長さんからコーヒーをもらい、窓から外を眺める。


「……館の外も変わったな……」


 ここからは見えるのは館の裏だが、陽当たり山の木が伐られ、なんか花が植えられている。


 本来なら土砂崩れになりそうなものだが、なんか魔力の壁で強化されてる感じだ。もう陽当たり山全体がアホによって改造されているのがよくわかるぜ。


 まあ、外観に気を使ってるだけマシか。ビルとかおっ建てたらぶち切れてるわ。


「べー。産まれたかい?」


「オレは十一年前に産まれてるよ」


 ほろ酔いでやって来たサリネ。昼間っから酒とはイイ身分だな。ってか、このくだり、オトンともやったような記憶があんな。


「サリネ殿。飲みすぎですぞ」


 なんか一年振りの剣客さん。あ、剣客さんはチャンターさんの用心棒だった人な。え? チャンターさんがわからない? じゃあ、そのまま忘れててください。出番が来たら再紹介しますんで。


「誰に言ってるんですか?」


 たまに来てくれる大きな友達にだよ。


「あはは。すまないすまない。めでたいからつい」


「産まれたら呼びにいかせるから食堂で飲んでろや」


 他にも懐かしい顔ぶれがいたが、今はそれに突っ込んでやる余裕はねーんだよ。


「他も来てくれてありがとな。今回は親父殿に譲ってやってくれや」


 親父殿にとっては初めてのこと。初めての子と静かに対面させてやってくれ。


「了解。子どもが産まれたら乾杯しようじゃないか」


「剣客さん。その酔っ払いを頼むよ」


「了解でござる」


 あなた、ござるとか言っちゃうキャラだっけ? それともエリナの口調が移ったか?


 騒がし酔っ払いどもが下がり、また裏庭を眺めていたら、寝室の中が騒がしくなってきた。


「産まれそうだな」


 席へと戻り、寝室の中の騒ぎを聞きながら待つことにする。


「産まれるの?」


「ああ。産まれる」


 思ってた以上に早いな。四人目ともなるとそんなに時間はかからんのか?


 誰もしゃべらないこと数分。寝室から赤ん坊の泣き声が発せられた。


「あんちゃん、産まれた!」


「ああ。そうだな」


 はしゃぐトータに笑いながら答え、心の中で長い長いため息を吐いた。安堵のため息をな。


 ……やれやれ。オレが産むわけでもねーのに出産は疲れてしょうがねーぜ……。

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