第1437話 君子危うきに近寄らず

 館の前に現れると、なんだか騒がしかった。


「この感じ、久しぶりだな」


 トータが産まれるときもこんな感じだったっけ。


 もっとも、トータのときは山部落の女衆が集まり、なにかと手伝ってくれたが、今はメイドさんたちがそわそわと動いていた。


「産むのはオカンなのにな」


 そして、心配してオロオロするのが親父殿のお仕事。産まれるまで堪え抜け、だ。


 館へと入ると、ミタさんの配下たるメイド三人衆が現れた。


「なんだい。あんたらは休みじゃなかったのかい?」


 メイドがついてこなかったから休みに入ってるんだと思ってたんだかな。


「いえ、お休みをいただいておりました。昨日から仕事に戻りました」


「そうなんだ。まあ、ガンバってくれや」


 メイドがいてもいなくてもオレの日々に変わりなし。ごーいんぐまいうぇ~いな人生である。


「はい。誠心誠意、仕えさせていただきます」


 どう言っても聞きやしねーんだから好きにしろ、だ。どうせ指揮命令はミタさんがするんだからよ。


「オカンは?」


「寝室におります。今、バイオレッタ様とサラニラ様がついております」


 とりあえず、寝室の前までいってみる。


 寝室の前にはなぜか武装したメイドが守っていた。誰から守ろうとしてんだよ?


「様子は?」


 普通のメイド服を着ている者に尋ねた。おそらく、オカンつきのメイドだろうよ。


「今は落ち着いております」


「そろそろか?」


「はい。バイオレッタ様はそうおっしゃっておりました」


「そうか」


 ってか、バイオレッタって誰よ?


「オババさんですよ。本当にどうでもよかったんですね」


 あ、オババか。そういや、そんな名前だったな。どうでもよすぎて二秒後には忘れてそうだ。


「親父殿は?」


「奥様の側におります」


 出産立ち会いとは勇気がある親父殿だ。オレには絶対無理だぜ。


「サプルも中か?」


「はい。旦那様を支えておりました」


 親父殿、いっぱいいっぱいのようだ。産まれた直後、失神しそうだな。


「あんちゃん!」


 後ろから声がして振り返ったらトータが駆けて来た。


「おートータ。見ないうちに大きくなったな」


 幼児が少年になっている。六歳とは思えんくらい成長しやがって。冒険は男にするってか。将来、マッチョマンになりそうだな。


「チャコもいるのか」


 頭に花が咲いている。大人になったら頭から離れてやれよ。


 ポン! とばかりに花から人へとトランスフォーム。巨大なままなんだな。


「久しぶりね。もう産まれたの?」


「まだのようだ。たぶん、夜までかかるんじゃねーか?」


 サプルやトータのときも朝から陣痛が始まり、暗くなってから産まれた。今回もそんな感じだろうよ。


「まだまだ時間はかかりそうだし、食堂で待ってようぜ」


「随分と落ち着いてるのね」


「もうオレの役目じゃねーしな。それに、この日のために人材は揃えてあるし、死なせない薬もある。問題なく元気な赤ん坊を産むよ」


 まあ、それでも不測な事態は起こることもあるが、そのときはそのときだ。覚悟して待っていろ、だ。


「つーか、風呂に入って汚れを落として、綺麗な服に着替えておけ。赤ん坊に触れるんならな」


 抱くのは親父殿に譲ってやるが、撫でてはやりたい。オレらの弟か妹になるんだからな。


 食堂に向かうと、姉御が来ていた。


「オス、姉御。お疲れっす!」


「普通に挨拶してちょうだい」


「ウッス!」


 姉御の前の席に座った。


「ってか、姉御はいかなくてイイのかい?」


 オカンにとって姉御は親みたいなもの。いや、姉のようなもの。オレときからオカンの出産には付き合ってくれていた。今回も側にいても許される人である。


「もう、わたしの出る幕じゃないわ。寂しいけどね」


 そんなことはない、と言うのは簡単だが、これまで過ごしてきた姉御の人生を理解してやれないのだから安っぽい言葉など吐けるわけもねーよ。


「じゃあ、オレが嫁をもらったときについててくれや」


「嫁ね。あなたが結婚する姿なんて想像できないわね」


「ふふ。言っててなんだが、オレもできねーや」


 結婚願望がないわけではねーが、結婚できる気がしねーな。


「まあ、サプルやトータもいるし、誰かは結婚すんだろう」


 さすがに誰も結婚しねーってことはあるまい。


「つーか、姉御がイイ人を見つけろよ。姉御の子ならきっと可愛いと思うぜ」


 おじ──いや、兄として可愛がってやるぜ。


「そうね。考えておくわ」


 明後日を向きながら笑う姉御。なんだい、イイ人いるなら紹介しろよ、と言ったら危険な気配がしたので沈黙を守った。


 君子危うきに近寄らず、だ。

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