第1432話 好きは才能を凌駕する

 三十以上の冷蔵庫を開けてやっと草ゾーンが終わった。


「今度はチーズゾーンか……」


 いや、チーズは貴重だからありがたいが、冷蔵庫にチーズを入れて大丈夫なものなのか? 熟成とかできるんか? う~ん。チーズ作りはやったことがないからよーわからんわ。


「チーズフォンデュとかやってみるか」


 なんて考えながら丸太みたいなチーズを無限鞄へと放り込んでいった。


「べーくん。一つもらっていい?」


「構わんよ。欲しいものがあるならテキトーに持っていきな」


 量が量だ、二十や三十持ってっても大した痛手にもならん。つーか、欲しいとか初めて言ったな。


「よくしてもらってる先生がチーズが好きなの」


「魔女はなに食ってもイイのか?」


「まあ、ダメってものはないね。もちろん、禁忌なものはダメだけど」


 食に関しては意外と緩いんだな、魔女って。


 十ほど開けて疲れた(精神的にな)ので一休みすることにした。


「そばかすさんはコーヒー飲めるか?」


 コーヒー以外はミタさんに任せたからコーヒーしかないのです。でも、茶菓子ならいっぱいあるぜ。


 テーブルと椅子を出し、茶菓子にたい焼きを出す。


「べーくんのところにいけと言われたときはなにされるんだろうとビクビクしたけど、毎日美味しいものが食べられて幸せだよ」


「前から思ってたが、そばかすさんは食いしん坊さんか?」


 大量に食べている印象はねーが、いつもニコニコしながら食べている姿は記憶に残っている。


「うん。食べるの好き。特に甘いものは大大大好き!」


 ミタさんタイプか。まあ、ミタさんほど飛び抜けてはいないみたいだが。


「そのわりには痩せてんな?」


 マイルドに言わせていただけば、そばかすさんは細身だ。食べたものがどこにいってるんだろうな? って感じだ。


「わたし、どんなに食べても太らないから」


 同性に言ったら殺されるワードだな。


「そばかすさんの親は生きてるのか?」


 見てる限りまともな家庭で育った感じはしねー。孤児か小さい頃に親元から離された気配がする。


「どうかな? 物覚えがついた頃から大図書館にいたから」


 やはりか。


「まあ、それが苦悩とかはないよ。見習いは大体そんなものだから」


「魔女は育てるのも長けてんだな」


 どう長けているかはわからんが、見習いたちの様子を見てる限り、個性を伸ばすことに全振りしてる感じがするがよ。


「……厳しいけどね……」


 苦笑いするそばかすさん。大図書館の教育がどんなものか物語っているな。


「そばかすさんは、やりたいことはねーのかい?」


「う~ん。わたしは才能ないから」


「好きに才能は関係ねーし、好きは才能を凌駕するもんだぜ」


「…………」


「好きでもねーことに時間を割くなど人生の損だ。だが、好きなことに時間を使えたらそれは宝だぜ」


 前世のオレは損ばかりの人生だった。つまらないことばかりに時間を割いていた。なにもせず、なにもできず、ただ、無意味に生きて無意味に死んだ。まったく、笑い話にもならない人生だったよ。


「食うことが好きなら食うことを求めてみたらイイ。世界の食い物を食って、書物に残したらそれはおもしろいかもな」


 この世界のグルメ書。もしあったならオレは大金出しても手に入れるぜ。


「おもしろい、かな?」


「おもしろいおもしろくないは本人が決めたらイイ。他人の言葉など気にするな。突き抜けて、極めろ。好きはなによりの力だ」


 別に説教たれる気はねー。ただ、その悟ったような薄っぺらい笑いが気に入らねーだけだ。


「やるかやらないか、好きか嫌いか、すべてはそばかすさん次第。他人の言葉で動くような好きなら偽物だ。心の底から出た好きを求めな」


 オレは心の底から出たおもしろいに全力を出す。後悔もしねー。今生のオレは、好きなことに遠慮はしねー。妥協もしねー。世界から否定されようが好きを止めたりしねーぜ。


「そばかすさんの人生が、イイ人生になることを願うよ」


 強制はしねーが、願うくらいは許されるはずだ。


 飲み干したカップにコーヒーを注ぎ、我が素晴らしき人生に乾杯した。

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