第1430話 屋台

 グルメなリポーターみたいなことはオレには言えんが、竜骨ラーメンは感動するほど旨かった。


 濃厚なのにさっぱりとして、野菜や油の甘味が心地よいほど。これ、一生飲んでられる! とか幻想をいだいてしまった。


 紅生姜も竜骨ラーメンに合わせたのか、紅生姜の味が強すぎず、竜骨スープとよく絡み合ってなんかよくわからんハーモニーを奏でていた。


 少食じゃなければ替玉したいくらい。でも、スープは一滴残らず飲み干してしまいました。


「ぷはー! 旨かった! ごちそうさんでした!」


 いただきます、ごちそうさまは習慣になってるが、あまりの旨さに拝んでごちそうさんと言ってしまったよ。


「お粗末様でした」


 爪楊枝を咥えた店主のあんちゃん(三十半ばかな?)が満足そうに笑っていた。


「旨かった。ああ旨かった。旨かった」


 松島を見た芭蕉さんの気持ちがよくわかる。句にもできない旨さだったよ。いや、芭蕉とかよく知らんけど。


「あはは。カイナさんみたいなこと言う坊主だ」


 アレと同じこと言うのは不本意だが、この旨さの前には些細なことである。


「こんな旨いラーメン食ったの初めてだよ」


 いや、この世界で初めて食ったラーメンだけど!


「あはは。そう言ってもらえると嬉しいよ。最近じゃ、ゴジルラーメンに負けてるからな」


 味噌──ゴジルラーメンあんのかよ! いや、ゴジルのほうが先に生み出されるか。竜骨ラーメンが生まれたことが異常だわ。


「まあ、ラーメンも毎日食える強者はそうはいねーしな」


 オレも毎日ラーメンを出されたらブチ切れ……はしないけど、毎日食っても平気なヤツを捜し出して生贄にするな。


「そうだな。竜骨ラーメンはたまに食うもんだからな」


「もっと人の流れが多いところで、肉体労働しているヤツを相手にするとイイと思うな」


 例えば隊商相手とかイイかもな。あいつら旅の間は碌なもん食えねーし、荷下ろしで汗もかく。塩分の多いラーメンは喜ばれるかもしんねーな。


「おっちゃんがよければ別のところに移転しねーかい? その費用はすべてオレが出すし、建物も用意する。バリッサナにいつでも帰れるようにもするぜ」


「じゃあ、頼むわ」


 あっさりと承諾する店主のおっちゃん。いや、決断すんの早くね?


「誘っておいてなんだが、イイのか? 見知らぬ土地にいくんだぜ?」


「おれにはハンターになる度胸も才能もなく、三十半ばまできちまったが、冒険心は今も残っている。ここじゃないどこかにいってみたいって思いはずっとあった。安全に冒険できるなら断る理由はないさ」


 ふふ。前世のオレもこんなだったな……。


「なら、まず安全なところで屋台でやってみねーかい? あ、屋台、知ってるかい?」


「ああ、知ってるよ。屋台村があるからな」


 カイナのヤツ、高校生でこの世界に来たのに、屋台村とか知ってんだ。


「屋台、すぐに手に入れられるかい?」


 無理ならオレが作っちゃいますぜ。結界で。あ、軽トラとか改造するのもおもしろそうだな。


「屋台なら持ってるよ。祭りのとき屋台を出すからな」


 あのアホ、絶対、ここを日本化しようとしてだろう。いや、ゲームの世界か? 銃とか車とか飛行機とか出してんだからな。


「屋台があるならすぐに開けるな。この店はおっちゃんの所有かい?」


「ああ。親父から受け継いだ店だけどな」


「なんだってイイさ。ここがおっちゃんの店ならな」


 借家なら転移結界門を設置できねーからよ。


「おっちゃん。屋台はここにあるのかい?」


「あ、ああ。裏にあるよ」


 と言うので裏にいくと庭があって、小屋に屋台が収められていた。


「おっちゃん。ここに扉を創るな」


「扉? まあ、好きにしな」


 本当に寛容なおっちゃんである。才能があったらA級冒険者になってたかもの。


 庭に屋台が通れそうな転移結界門を設置した。


「そばかすさん。一旦ボブラ村に帰るからちょっと待ってろ」


 そう言って店の外に出て転移バッチを発動。ゼルフィングの宿屋へと転移した。


 宿屋の前に出現。中へと入ると、カウンターに親父殿のイトコ……のなにさんだっけ?


「アマリアだよ」


「そうそう、アマリアアマリア。知ってる知ってる」


「ハイハイ。知っててもらえてよかったわ。で、なにか用? ここに来るなんて」


「ちょっとバリッサナを繋ぐからよろしくな」


 そう言ってまた外に出た。


 宿屋からちょっと離れた場所に食堂に転移結界門を設置。バリッサナと繋いだ。


 扉を開くと、そばかすさんが待っていた。


「ちゃんと戻って来た」


 まるっきり信用ナッシング。オレはちゃんと優先順位を守る男なのに……。


「おっちゃん、ちゃんと来てくれ」


 茫然としているおっちゃんをゼルフィングの宿屋へと連れていく。


「ここはアーベリアン王国シャンリアル伯爵領ボブラ村。オレの故郷だ。まずここでラーメン屋をやってくれ。慣れてきたら屋台で移動してくれて構わねー。ベーの知り合いだと言えば大抵のことは納得してもらえるから好きにやってみな。あ、この辺の金をいくらか渡しておくよ」


 銅貨を何百枚と百万円を渡しておいた。


「が、外国か。空気が違うな。なあ、ちょっと見回って来ていいか?」


「構わんよ。ここら辺は魔物もいねーし、悪いヤツもいねー。なんかあればオレの名を出して助けてもらいな」


 そのくらいの立場は築いている。そう邪険にはされねーさ。


「あ、ちゃんと火の始末してからいけよ。火事になったら大変だからな」


「そうだな。火事になったら親父にどやされるわ」


 ふふ。このおっちゃん、寛容なだけじゃなく洒落も利いてる男だぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る