第1427話 鋭意努力

「魔女は、この軟膏知ってるか?」


 場所を近くの食堂に移し、テーブルに回復軟膏を並べて委員長さんたちに尋ねた。


「わたしは聞いたことないです。薬学は苦手なんで」


 とはそばかすさん。何気に博識なのに知らんのか。


「わたしも知らないわ。回復薬は飲むものと思ってた」


 魔女界でも回復薬は飲むものとして浸透してんだ。


「疑問なのだけど、塗って傷が治るものなの?」


「ん~。本来は傷口を塞いでバイキン──空気中にある害にあるものが入らないようにして、体に備わっている治癒力で治していく感じだな」


 一つ持って魔力があるかを感じる。


「微かに魔力はあるな」


「よくわかるわね? わたしにはまったく感じられないわ」


「回復魔法を極めるなら魔力微操作、魔力微探査を極めたほうがイイぞ。人の体は単純なようで複雑だ。傷を治したことで別の因子を活発化させて死に至らしめるってこともある。所謂副作用ってヤツだな」


 薬だって同じだ。なんらかしらの副作用を生み出すものだ。


「魔女が知らないんならバリッサナ特有のものか」


 高い山脈に阻まれた土地だ、他に広まらないのも納得だが、傷を治すものなら広まっても不思議じゃねーんだがな? なんか理由があるんか?


 蓋を開けて臭いを嗅ぐ。


「獣脂か?」


 この時代の軟膏は結構臭いもんだが、これはそんなに臭くはねーな。辛うじて獣の油脂を使っているとわかるくらいだ。


「これ、獣脂の臭いなんですか?」


 魔女さんにはわからんのか。まあ、獣を狩るなんてことしねーんだから知らなくても無理ねーか。


「なんの獣かまではわからんが、獣脂なのは間違いねーな」


 普通、植物油を使ったりするもんだが、あえて、いや、理由があって使ってるみてーだな。


「需要があって、あれだけあったんだから数ヶ所で作られてるってことだよな。つまり、効果は絶大ってことだろうな」


 まあ、迷宮とかに入っているんだから需要はあるんだろうが、それでも使えないものが陳列棚に並ぶことはねーだろう。少なくとも効果はあるってことだ。


「とは言え、ケガ人に使ってみねーとわからんか」


 使ってみてどう効果があるか知らねーと、薬師としては不安だぜ。


「ララちゃんのところで試してもらうか」


 自分でやってみてーところだが、オカンとレニスの出産がある。そんなときに試しにいったら一生なじられる。そんな代償を払ってまでしたくねーわ。


「ララちゃんって、ララシーよね?」


「ララちゃんはララちゃんだよ」


「そ、そうね。あなたの中ではそうだったわね。つまり、ララ──ちゃんに検証させるってことね」


「ああ。あそこならケガ人に困らんだろう」


 薬は使って効果を見て経過を知っていくことで理解していくのである。知るための場所や状況など二の次である。


「様子も知りたいし、ララちゃんのところいってみるか」


「わたしがいって来るわ。あなたがいくと簡単に帰って来られないかもしれないしね」


「ちょっといってすぐ帰って来るよ」


「ちょっといってちょっととならないのがあなたでしょうが」


 いや、そう言われるとそう思えてくるオレの人生。下手なことはしないほうがイイのだろうか?


「それに、ララ──ちゃんにも報告を書かせないといけないからね。あの子がなにか書いているところ見たことある?」


「……ないな……」


 あの性格からして毎日日記とか書くとも思えねー。オレの知らないところでも書いてはいねーだろうよ。


「はぁー。報告書は毎日つけろと言われてるのに」


「大変だな」


 まあ、遊びで来ているってわけじゃないから報告を書いてもしょうがないが、毎日となると大変でしかねーよな。


「大変よ! あなたといるとどう報告していいかわからないんだから!」


「あるがままに書けよ」


「あるがままに書いても誰も信じてもらえないようなことばかりなのよ! 何度、書き直したか。それでも信じてもらえず呼び出しまでくらったんだから! 


 突然、見なくなったのはそのせいなのね。ガンバ!


「特にララ──ちゃんには詳しく書かせないとわたしにまでとばっちりがくるわよ」


「まあ、いろいろあったからな」


 あれを報告書にしろとか、他人事ながら胃が痛くなってくるよ。


「いろいろありすぎるのよ! 今日のことだってなんて書けばいいんだか」


「今日? 今日はなんもしてねーだろう」


 実に平和な一日だけど。


「あなたの毎日、どれだけ波乱万丈なのよ? この軟膏だけで報告書四枚は書けるわよ!」


「委員長さんは文才だな」


 オレなら百文字で精一杯だぞ。


「文才があるなら毎日夜遅くまで書いたりしないわよ!」


「まだ若いんだからちゃんと眠らないとダメだぞ」


「あんたのせいだよ!」


 口から火でも噴くんじゃないかと思うくらい怒る委員長さん。オレ、そんなに怒らせてることしてる?


「……逆撫でしてるようにしか見えませんよ……」


 とは、レイコさん。なんでや?


「とにかく、ララ──ちゃんのところにはわたしがいくわ。ライラ。わたしがいない間はあなたが書くのよ」


「鋭意努力するよ」


 鋭意努力されるオレの人生ってなんなんだろうな?

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