第1421話 肝っ玉パワー

 奥は住居のようで、いっきに生活感が出てきた。


 と、黒い生き物がモソッと現れた。


「お、ジャンか。久しぶりだね」


 カイナがジャンと呼んだ生き物は、黒い狼だった。


「黒狼か。狂暴って聞いてたが、随分と大人しいな」


 完全にでっかい犬である。初めて会ったオレにも警戒することなく撫でさせてくれた。


「昔は狂暴だったよ。おれが訓練してレニスの子守りに命じたんだ」


 つまり、このアホに調教──いや、去勢されたわけか。気の毒に。


 モサッとした感じで撫でられていた黒狼がこちらを向いて、オレをフンフンと臭いを嗅いだ。もう昔の畏怖はなしだな。


 長いこと嗅いだあと、またどこかへ去っていってしまった。なんなんだったんだ?


「すっかり老けちゃって」


 生きてりゃ老ける。そこに差別はねー。老衰で死ぬならイイ犬生だろうよ。


「──おとうさん!」


 と、今度はイタリアの肝っ玉かーさんみたいな女が現れた。


「シェリーヌ。べーを連れて来たよ」


 襟首をつかまれてレニスの母親の前に掲げられた。扱い方!


「どうも。オレはべー。カイナの義兄弟だ」


 出された以上、挨拶するのが礼儀と、自己紹介をした。ほら、もう下ろせよ。


「あ、どうも。わたしはシェリーヌ。レニスの母親だよ」


 カイナの娘なだけに戸惑ったりはせず、にっこり笑って自己紹介をした。


「レニスはオカン似だな」


「性格はおとうさん似になっちゃったけどね」


 カイナとは血が繋がってないが、生き様が似ることもある。親と子、いや、この場合は祖父と孫か。家族とは不思議なものだよな。


「まあ、あの性格は家庭向きじゃないが、ハンター向きではあるな」


 向き不向きはある。レニスはハンター家業のほうが向いていると思うよ。


「なるほど。おとうさんと気が合いそうね」


「このバカには苦労させれてるがな」


「おれのほうが苦労させられてるんですけど」


「何万人も移民を押しつけたヤツに言われたくないわ。大国の指導者でも泣くレベルだぞ」


 まあ、オレの場合はエリナに回したけど、場所と仕事と暮らしを用意したのはオレだぞ。それも丸投げに近いけど!


「べーは泣かなかったんだからいいじゃない」


「心の中で泣いてたよ。それより、転移結界門を設置するぞ」


 長々としゃべってる暇は……あるが、レニスの様子を見にもいきたい。なんだかんだと言ってカイナの孫ならオレの家族も同然。放ってはおけんよ。


「そうだね。シェリーヌ、どこに繋げる?」


「あの子の部屋でいいと思うわ。自分の部屋なら落ち着くでしょうしね」


「逃がさないようにね。あの子、お腹が大きいまま深水二百メートルのところに飛び込もうとしたからさ」


 オレの結界を纏わせているとは言え、そのことはレニスには教えてない。それでいて飛び込むとか、どんな特攻野郎だよ。


「あの子は! 妊娠を甘くみてるんだから!」


「あの様子じゃ産まれるそのときまで動くだろうからしっかり見張っててね」


「わかったわ。しっかり逃がしたりしないわ」


 ふふ。レニスの母親だけはある。肝っ玉パワーが凄まじいぜ。


「こっちよ」


 レニスの母親のあとに続き、レニスの部屋へとやってきた。


「人の部屋にどうこう言うつもりはねーが、落ち着くのか?」


 これ、どう見ても武器庫じゃん。


「レニスは落ち着くみたいよ。けど、確かに妊婦が過ごす部屋じゃないわね。レリーヌ。人を集めて邪魔なものを運び出してちょうだい」


「わかったわ」


 妹のほうは母親の性格を色濃く継いだようで、肝っ玉パワーが垣間見れた。


「じゃあ、そこに設置するぞ」


 あちらはあちらに任せてオレは壁に転移結界門を創り出し、浅草に……って、レニスが浅草のどこにいるか知らねーや。


「てか、レニスってどこの建物に閉じ込めてんだ?」


「あ、教えてなかったね。なら、浅草寺に繋いでよ。あとで門を移動してくれたらいいからさ」


「あいよ」


 ってことで、浅草寺に転移結界門を繋いだ。


 ドアを開けると、縁日でもやってんのかと思うくらい混んでいた。人がいない場所に創ったが、こんな場所じゃ迷惑だな。


 浅草寺に出ると、すぐにオレらを認識して道を譲った。


「カイナーズの連中か?」


「ゼルフィング家のメイドやその家族もいるよ。ここ、観光地化してるからさ」


 まあ、観光地ではあるが、異世界の文化が受け入れられ……てる感じだな。順能力が高いヤツらである。


「こっちだよ」


「一応、ドアを閉じるからいくヤツは出て来な」


 ドアがあると邪魔だろうから閉じておくとしよう。


 出て来たのはレニスの母親と三人のオネーサマ。ちなみに見習い二人もいるから忘れないでね。


「こっちだよ」


 ドアを閉め、カイナのあとに続いた。


 観光地と言うか、人の住む場所となった浅草。異世界に転生したのに異世界に来た感じになるとか、意味不明すぎて笑えてくるぜ。


「ここだよ」


 連れられて来られたのは、なんか映画で観たことがある団子屋だった。なぜここにした!?


「お帰りなさいませ、カイナ様」


 中にいたのは軍服姿な赤鬼おねーちゃん。統一しろや! って出る言葉をグッと飲み込んだ。これは罠である。かかってなるものか!


「レニス!」 


「ゲッ! おかあさん!?」


 座椅子に座っていたレニスが驚き逃げようとするが、肝っ玉パワーで距離を縮めてレニスの首根っこをつかんで説教が始まった。


 まあ、しっかり怒られろと心の中で呟き、ショーケースから団子を取り出し、説教が終わるまで待つことにした。あ、赤鬼おねーちゃん、お茶ちょうだい。

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