第1402話 愛称はアリー

 夕食は婦人の娘についていたメイドさんが用意してくれた。


「どこで作ってんだ?」


 つーか、メイドが増えてね? 壁に五人、立ってんだけど。いや、何人かどこでも部屋と宿屋の部屋を出入りしてんだけど?


「宿屋の厨房をお借りしております」


「よく借りられたな?」


「はい。宿屋をゼルフィング家で貸切りました」


 漫画の中に出てくる金持ちみてーなことやってんな。


「いや、資産だけで言うならそこら辺の国より持ってますよね、べー様は」


 ま、まあ、金山とかいくつか持ってますしね。確かにそこら辺の国よりはあるか。


「オレはパンとスープだけでも幸せを感じる一般ピーポーなんだがな」


「ピーポーがなんなのかわからないけど、あなたはもはや帝国から重要人物として認定されてるから」


「危険人物とも見られてるわね」


「館長は、特異点と言ってましたね」


「……ど、同志……」


 サダコの言葉はレイコさんに向けられたものと思っておこう。うん。


「まあ、なんと思われようがオレはオレの主義主張を変えるつもりはねーがな」


 オレは贅沢するより自由気ままに、悠々自適に、おもしろおかしく生きることを重要視している。そのためなら貧乏飯でも喜んで受け入れるぜ。


「まあ、あまりよそ様に迷惑かけんなよ」


「まさに、お前が言うな、ですね」


 あー夕食が美味しいでござる。旨い飯、サイコー!


「ってか、娘は──」


「アリエスです」


 なんか婦人に似た迫力で言葉をさえぎられてしまった。


「あ、うん。アリエスね。知ってる知ってる」


「そうですか。それは失礼しました。今度からはアリーと呼んでください。親しい人たちからはそう呼ばれたいので」


「アリーね。イイ愛称だ」


 うんうん。そうかそうか。レイコさん。愛称はアリーだよ。覚えておくんだからね。オレとの約束だよ。


「……自分で覚えてくださいよ……」


 イイかい、レイコさん。努力は報われるなんて幻想だよ。ダメなときはダメと諦めるのも選択の一つさ。


「友達とは会えませんでした」


「簡単に会えない地位にいるのか?」


 バリアルの街で簡単に会えないヤツってなによ?


「はい。母に力を貸してくださった方々なので」


 なるほど。婦人はよほど嫌われていたようだ。


「できる女は敵も多いな」


「それでも母に味方してくださった方々で、わたしの大切な友達です」


 ふ~ん。婦人の血、いや、性格を濃く引き継いでいること。


「なら、バリアルの街を、いや、伯爵になって継いでみるか?」


 確か娘──じゃなくて、アリーの父親は前伯爵の娘で、現伯爵はその弟だったはず。つまり、血筋的には伯爵を継ぐ資格はあるはずだ。いや、よく知らんけど。


「伯爵の息子はアレだけだろう? 継がせたらバリアルの街は酷いことになる。そうなると買い出しに来ているオレも困る。上にはまともなヤツに仕切ってもらいてーよ」


 それに、バリアル伯爵領の隣はシャンリアル伯爵領。隣にバカがいられたらたまったもんじゃねーよ。


「……わ、わたしが、ですか……?」


「やるやらねーはアリーが決めたらイイ。もし、やると言うならオレが力を貸すぜ」


「村人のセリフではないわね」


「村人だろうが、友達を得ることはできるし金を稼ぐことだってできるさ」


 友達にも立場やしがらみはあるだろうが、それを上回る利を与えたら立場もしがらみも超越する。背後関係を理解してやれば味方になってくれるものさ。


「わ、わたしにできるでしょうか?」


「今重要なことはできるできねーかじゃねー。やるかやらないかだ」


 何事もやる気だ。それがなければ話は始まらねーんだよ。


 一分くらい俯いていたが、顔を上げたときは決意に満ちていた。


 ……本当に婦人によく似てるぜ……。


「やります。次の伯爵になります!」


「よし。なら、オレが、と言いたいところだが、おんぶに抱っこではアリーの矜持が許さんだろうから、道だけは用意してやる。門は自力で開け放て」


 この性格なら操り人形になるのは無理だろう。婦人と同じで自分の力でやらなければ気が収まらないだろうよ。


「それは、どう言うことでしょうか?」


「コーリンに言って夜会か舞踏会に乗り込め。顔と名前をアーベリアン王国に知らしめろ。ザニーノには宰相に会えるよう取り計らってもらえ。オレから手紙を預かってきたと言ってな」


 こちらはアーベリアン王国の姫であり勇者ちゃんを預かっている。会う理由はあるさ。


「必要なときにはオレの名を使え。金を惜しむな。伝手を作れ。名声と実績を作れ。大義名分さえあればお家乗っ取りは簡単だからな」


「いや、簡単と言えるのベー様だけですから」


 できるための下地を作るのに苦労はしたけどな!


「アリーがバリアルの伯爵になることはオレの利ともなるんだからな。つまり、オレの力はアリーの力だ。恥じる必要はねー」


 なんたって、アリーの力はオレの力となるんだからな。


「再度言うが、門を開けるのはアリーだ。己の才覚でこじ開けろ」


 アリーならそれほど難しいことはないだろうよ。婦人の娘だしな。


「はい。どんな門でもこじ開けてバリアルの伯爵となってみます」


 アリーの決意に、オレは満足そうに頷いてやった。

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