第1399話 どこでも部屋
話は夜遅くまで、といかないのが店をやっている者の宿命。夜の十時ともなれば明日のために眠らなくちゃならねー。
ジャックのおっちゃんもジャルドも自分の部屋へと戻って眠りへとついてしまった。
まだ眠気がないオレは宿屋へと向かう。
話はついているようで、宿の裏から入り、用意された部屋へと入った。
「綺麗じゃん」
ベッドが一つあるだけのシンプルな部屋だが、よく掃除されている。上級宿屋と言ってもイイくらいだ。
「ベッドもふかふかじゃん」
この時代のベッドは板に薄い布を敷くか藁を敷くかだ。綿を入れた布団など貴族くらいだろう。なのに、このベッドは綿を入れた布団が敷かれている。
おそらくオレが言ったことが伝わってるんだろうが、やるとなれば金がかかる。用意するだけで開業資金がなくなるんじゃねーのか?
「と言うか、綿ってあるんですね」
「この辺りにはねーが、もっと南の地では綿花を作っているよ」
南のほうにいく隊商にお願いして綿を大量に買って来てもらったものだ。
ベッドに寝っ転がり、天井を眺める。
「……囚人になった気分だな……」
なにもしないで時間を過ごすことは苦ではないが、狭い部屋でなにもしないのは苦でしかなかった。
「囚人はこんな清潔な部屋になんて閉じ込められたりしませんよ」
囚人のことまで知ってんのかい。
「魔大陸では真っ暗な汚い地下牢に入れられて、死ぬまで閉じ込められるか闘技場で魔物と戦わされるかですよ」
「殺伐としてんな」
平和な国の村人に生まれてよかったぜ。
「風呂でも入るか」
「この宿屋、お風呂ありませんでしたよ」
いつの間に見て回ってんだよ? 遠くにいけるならそのまま浮遊霊になれよ。
「べー様に憑いてると楽なんですよ」
なんだよ、楽って? 楽で取り憑かれちゃたまったもんじゃねーよ。
「まあ、いいじゃないですか。わたしが憑いてることで助かったこともあるんですから」
不本意ではあるが、認めざるを得ない。知識袋があるのは助かるからな。
「じゃあ、この退屈から助けてください」
「周りの人のために明日まで閉じ籠ってください。下手に外に出ると厄介事を引き寄せるんですから」
そうそう厄介事なんてねーよ。と言えないところが悲しいとこ。厄介事が波状攻撃が如くやって来てるんだからな。
「オレはただ、スローなライフを送りたいだけなのに」
そのためには平和な世界にしないと成らない。オレはなんて壮大な夢を求めてるんだろうな?
「はぁ~。部屋から出てダメなら部屋の中で入るとするか」
我には結界がある。こう言うときこそ己の創意工夫が試されるのだ。
「どうするんです?」
「部屋に部屋を創るまで」
発想は前々からあり、それを鞄に施したことがある。サプルや勇者ちゃんにやった住居鞄だ。
あれを壁に施す──のはダメか。今日しか泊まらない部屋なんだからよ。
う~ん。部屋に部屋を創る発想は悪くねーとは思う。フュワール・レワロのように箱庭にするのもイイが、あれは複雑で何十日もかけて創るものだ。
そんな複雑なものは求めてない。すぐに入れる──そうか。そう言う方法もあるな。
無限鞄から投げナイフを一本取り出した。
「どうするんです?」
「こうする」
土魔法で形を変えて鍵にした。
瞼を閉じてイメージ。やれる、できると、鍵に結界を施した。
「こんなものか?」
壁の前に立ち、鍵を壁に挿した。
もちろん、鍵は壁に刺さってねー。壁に当たった瞬間に結界が発動し、壁にドアが創り出された。
鍵を右に回すとドアノブが創られ、次に左に回すと鍵が解除される。
ドアノブから鍵を抜き、ドアノブを右に回してドアを開いた。
「メチャクチャな能力ですよね」
「まったくだ」
入った先は十二畳ほどのリビング。右には風呂とトイレ。左には壁一面の窓。シンプル・イズ・ベストだ。
「窓の外はなんなんです?」
「なにもねーよ。一応、結界マークをつけた場所の景色を映すようにはした」
昼間だろう南の大陸の景色を映してみた。
「塩湖ですね」
「解放感があってイイだろう」
異空間とは思わせないようにするには適しているだろうよ。
まあ、風呂だけ創ればよかったんだが、湯上がりに塩湖を見ながらフルーツ牛乳を飲むのも乙だろうよ。
「水とか出るんですか?」
「それは今から創る」
オレのクリエイターの血が疼く。快適空間にしろと騒いでいる。
「ふふ。どこでも部屋。創っちゃるぜ!」
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