第1362話 禁句
知らない者が見たら金目蜘蛛との戦いは、モーダル側が劣勢に見えるだろう。
だが、モーダル側に被害は出てない。それどころか擦り傷一つ負ってない。ただ、体力はなんともしがたいので劣勢に見えるだけだ。
要塞で戦える兵士は百数十人。ローテーションも組めないくらい少数なため、金目蜘蛛の進攻を防ぐにはすべて投入するしかない。
戦闘が始まって一時間もすれば体力がないヤツから脱落し、金目蜘蛛を抑える壁に穴が開いていく。
そこをララちゃんにフォローさせる。
「……ムズい……」
だろうな。人一人分の穴から兵士を傷つけないよう攻撃するんだから神経を使うだろうよ。だが、これも修業。ガンバレ、である。
「猫。ガキどもを連れて町にいけ。そして、劣勢ってことを広めておけ」
「猫の言葉が信じられると思うのか?」
「別に姿を晒さなくても人は言葉だけでも信じるものだ。頭を使え」
前世の記憶があると言うことは脳は人並みに働くと言うこと。なら、知識と知恵で欺瞞情報を広めてこいや。
「……猫使いの荒いヤツだよ……」
見た目だけ猫のお前に慈しみなんてねーよ。
茶猫とガキどもが町へ走って確認し、オレは空飛ぶ結界を創り出し、金目蜘蛛の後方へと飛んだ。
「アヤネ。ヤンキーを出してくれ」
超能力で飛んできたアヤネにお願いする。
「クフ。畏まりました」
山脈の向こうで大暴走を起こしたヤンキーを超能力で引き寄せ、金目蜘蛛の後方へと降らせた。
「……怖い超能力だ……」
オレの結界も卑怯な能力だが、超能力も負けず劣らず卑怯な能力だよな。神(?)に介入されなかったんだろうか?
これまでの転生者からして、強大な能力には強大な枷みたいなのが与えられている。タケルなら大量に食べなくちゃならないとか、エリナならリッチになるとかだ。
「べー様は波乱が与えられた感じですね」
違う! と言えないところがつらたんです。
何百キロも先から呼び寄せられたヤンキーがキーキーと悲鳴を上げながら落下していく光景はなんとも言えんシュールさだぜ……。
三十メートルから落とされたヤンキーだが、下が柔らかかったからか即死したものはおらず、痛みに悶えていた。
「お前たちの死は有効に使わせてもらうよ」
ヤンキーの悲鳴に気がついた金目蜘蛛が振り返り、怒涛のように襲いかかった。
集団性に特化してるようで、モーダルたちを襲っていた金目蜘蛛までヤンキーに襲いかかり、糸で雁字搦めにしたらどこかへと運んでいった。
「これで増えてくれるとイイんだがな」
「百匹くらいだから難しいのでは?」
まあ、退かせるためのものだからそれ以上は贅沢な望みか。
何匹か残った金目蜘蛛を結界球で排除してからモーダルのところへと戻った。
二時間近く全力で戦えば立ってもいられない。大半の兵士が息を切らして地に倒れていた。
「ご苦労さん。よくガンバったよ」
「……こちらの限界まで把握しているのだな……」
さすがのモーダルも騎乗竜から降りて地面に尻をつけていた。
「人が動ける限界は決まってるからな」
訓練した兵士でも休みなしに戦えるのは一時間から二時間。ましてや槍を振るう戦いである。二時間も戦えたことが驚異だろうよ。
「立てるようになったら兵士を要塞に戻せ。金目蜘蛛はまだ来るぞ」
追い込むのはモーダルたちもだ。最前線に立つ者が危機感を覚えなければ町の者らにも伝わらない。目の下に隈ができて、思考できいないまで追い込ませてもらいますぜ。
「ララちゃん。周囲にデカいのを一発放ってくれ。町まで轟くのをな」
それで金目蜘蛛が逃げたことにする。
「……あんた、本当に容赦がないよな……」
ララちゃんも疲れた顔をしている。細かい作業が本当に苦手って感じだな。
「オレはできないヤツにはやらせねーよ」
人に丸投げするには見極めは大切だからな。
「さっさとやれ、脳筋魔女!」
って言ってたら、なんかプチンと音がしたような気がした。
「……わかったよ。デカいのを出してやるよ……」
なにか冷たい声で言うと、両手を天高く振り上げ、火の玉を創り出した。
徐々にデカくなっていく火の玉。
……あ、これはヤバいのだ……。
回れ右して全力ダッシュ!
「モーダル、逃げろ!」
老魔術師の姿で全力ダッシュに危険を感じたようで、兵士たちに逃げろと叫んだ。
五十メートルほど全力ダッシュすると、背後がチリチリと熱い。ララちゃんは大丈夫なんだろうな!?
「おそらく、広範囲を焼き尽くす魔法の縮小版ですね。ご主人様が嘆きの魔王と戦ったときに放ったのに似てます」
「もしかして、湖を枯らしたとか言うヤツか?」
先生が住んでいた場所は元々湖で、魔王との戦いで干上がったとか聞いたことがある。
「それですね。あれは凄まじかったです」
ララちゃんのは先生より威力は低いだろうが、キレたヤツは見境がねー。きっととんでもねーもんを放つはずだ。
「要塞内に逃げろ! 急げ急げ急げ!」
モーダルも背後から襲って来る熱に危機感に声を慌てさせている。
なんとか要塞内に逃げ込むと、一瞬、音が消え、次に音の衝撃が襲って来た。
……も、もしかして、脳筋魔女って禁句だったか……?
そうだったら素直に謝ろうと、土を浴びながら心に誓うのであった。
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