第1361話 名もなき英雄たち

「自分が行う正義が他者から見て正義ではなかった、なんてことはよくあることだ」


 騎乗竜に跨がる無表情なモーダルに横から声をかけた。


「正義は外ではなく己の中に作れ。決めたなら迷うな。ただ行動するのみ。ましてや望むものがあるなら前だけを見ていろ。些末なことはオレが片付けてやるからよ」


 まあ、オレも他に任せるんだけどね!


「金目蜘蛛の被害は出る。死傷者も出る。それは揺るがない事実だ。モーダルがどう思おうとな」


 ただちょっと、その状況を利用させてもらって、被害をちょっと変えさせてもらうだけ。過程は違うが結果は同じである。うんうん。


「それでも気に病むのが人だ」


「好きなだけ気に病めばイイさ。答えの出ない問題をよ」


 暇潰しにはちょうどイイさ。


「……お前の周りの者が泣いているのが目に浮かぶよ……」


「嬉しさに咽び泣いてんだろう」


 自慢じゃないが、人を不幸にして泣かせたことはねーし、嫌がることを無理矢理やらせたこともねー。騙してやらせたことはあるがな!


 と、遠くからララちゃんの爆裂魔法の轟音が流れて来た。


 ワンダーワンドで空が飛べるララちゃんには金目蜘蛛の進撃の修正を頼んだのだ。


 結界の感じから茶猫チームは順調に要塞へと金目蜘蛛を引き連れて来てる。


「べー様。あと三十分ほどで要塞へと到達すると思います」


 エスパーはそんなことまでわかるんだ。ってか、こいつ、前世でもエスパーだったのか? 使いこなしがハンパないんだけど。


「勇者ちゃん。用意はイイか?」


「……いいけど、すっごく動き辛いよ……」


 勇者ちゃんには拘束結界を施してある。たぶん、能力の半分までは落ちているはずだ。


 魔力も金色夜叉に吸い取るようにして、常にギリギリの状態にしてある。デカいの放ったら一発で気を失うだろうよ。


「負荷訓練だ。金目蜘蛛なんて雑魚、いくら倒しても勇者ちゃんの糧にもならんからな」


 経験値1の金目蜘蛛を倒したところでレベル99な勇者ちゃんにはなんら得にはならない。負荷でもかけて錬度を上げるべきだろうよ。


「……お前らには雑魚なのか……」


「あの山脈の向こうにはオレや勇者ちゃんでも勝てないものがいるよ」


 もし、セーサランが生き残っていて、仲間へと電波でも送っていたら、あそこにまずやってくるはずだ。そうなれば真っ先に被害を受けるだろう。宇宙にいけるメルヘン機があろうが、星一つはカバーできないしな。


「この世の終わりが近づいているのか?」


「終わりかどうかは知らんが、この世はいつだって弱肉強食。崖っぷちで一生懸命生きてるものさ」


「お前の人生観はどこから来ているんだ?」


「失敗と挫折からさ」


「そうか」


 それ以外は突っ込んではこない。空気の読める男である。


 ララちゃんの爆裂魔法の轟音が段々と近づいて来て、視界に入る距離になった。


「よし、勇者ちゃん。修業の時間だ。境界線を越えたらオヤツ抜きだからな」


 要塞から百メートルのところに線を引き、そこから出たらオヤツを抜きだど厳命しておいたのだ。


「オヤツ抜きはイヤ!」


 金色夜叉を振り上げて駆け出した。


「モーダル。抜けた金目蜘蛛は任せる」


「抜ける前提か?」


「あれだけの数、食い止めるなんて無理だよ。叱咤激励で決めたまでさ」


 全力を出せない勇者ちゃんにあれだけの数を防ぐなんて不可能だ。三十分も粘れば大健闘だろうよ。 


「連れて来たぞ!」


 囮役の茶猫や獣人のガキどもが同時くらいに現れ、金目蜘蛛の大群──いや、大軍団を連れて来た。


「いや、多すぎね?」


 金目蜘蛛の女王がデカいとは言え、津波のように現れるとかおかしいだろう。数十匹いないと不可能だろう、これは!?


 ちょっと甘く見てたかな? と不安に思ったが、勇者ちゃんの大回転で金目蜘蛛が薙ぎ倒されていき、津波のような進撃が緩んだ。


 が、それも十分と持たなかった。やはり数の暴力は容赦がねーや。


 十五分過ぎた頃に勇者ちゃんも追いつかなくなり、二十分も持たずに決壊してしまった。


「モーダル!」


「迎え撃て!」


 騎乗竜を走らせながらモーダルが吠えた。


 指揮官が真っ先に突っ込むのもどうかと思うが、剣と魔法の世界では弱いは無能より嫌われる。一騎当千でない指揮官には誰もついて来ないのだ。


 モーダルが槍を掲げると、ララちゃんが込めた雷撃が穂先から放たれ、金目蜘蛛の群れを薙ぎ払った。


「雷神モーダルとか呼ばれそうだな」


 まあ、その雷を込めたララちゃんは殲滅の魔女になろうとしてんだけどよ。


 三発も放つと境界線を越えた金目蜘蛛は黒焦げになったが、大軍団の一部を排除したにすぎねー。勇者ちゃんの前にはまだ万に近い金目蜘蛛が控えていた。


「お、おい、これはさすがに不味いんじゃないか!?」


 引き連れて来た茶猫がこの大軍団にパニックになっている。落ち着けよ。


「まだ許容内だよ」


 勇者ちゃんもモーダルたちもまだ戦意は失ってねー。与えた槍には超振動結界を施してある。突き刺せば細胞を破壊する超振動を与えるのだ。


「か、勝てるのか?」


「勝てるのは勝てるが、それではダメなんだよ」


 この作戦の真の目的はモーダルたちを追い込み、疲弊させることなんだからな。


「英雄の価値はピンチのときに発揮される。そのときまで戦い抜け、名もなき英雄たちよ!」

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